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興福寺東金堂後堂 正了知大将立像 [寺・仏像など]

先日書いた、興福寺東金堂後堂開扉で拝観できた、
正了知大将立像ですが、
その後、東博に掲示されていたポスターで再会できました。

ポスターならば写真構わないこと館の方に確認したので、
載せておきます。

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踊り大将の名の由来となった火事は平安時代(寛仁元年/1017)、
現在の像は室町時代の再興とのことで、
その火事で当時の人たちが感嘆した姿とは異なるものですが、
秋日のうらうらと差し込む中で、明るさを増して立っていたこと、
想像していただけるのではないでしょうか。


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正倉院展と興福寺 [美術館・博物館]

奈良国立博物館 東・西新館
「第66回 正倉院展」
会期:2014.10.24(金)~11.12(水)
訪ねた日:2014.10.24
書いた日:2014.10.28


毎年この季節、冷たさの混じり始めた風を感じるたびに、
奈良への郷愁にも似た想いが高じていてもたってもいられなくなり、
正倉院展へと足をはこぶことになります。

それが今年は9月も中ごろから涼しい日が多かったせいか、
つのる寂寥感もあまりないままに、
この後予定がいろいろ入っているため、万一行けなくなることを恐れて、
24日の初日に訪ねてきました。
(もちろん日帰りです)

正午過ぎに会場についたのですが、
並ばずに入れましたし、館内も正倉院展としては十分すいていました。
今まで30回近く訪ねていますが、
何故初日に来たことがなかったのかと、
悔やむほどの快適な状態でした。
(もちろん、あくまで正倉院展としては、です。
人でごった返してはいますが、
少し待てばどの展示も正面から見ることができる程度、
という感じでしょうか)

螺鈿やバチルといった華やかな出品が珍しいことにひとつもなく、
武具が多かったこともあり、全体的に大変落ち着いた展示でした。
鳥毛立女屏風(とりげりつじょのびょうぶ)、桑木阮咸(くわのきのげんかん)といった、
ポスターやサイトのトップに使われているものももちろん良かったですが、
小さな子供と子犬がかわいくて大好きな人勝残欠雑張(じんしょうざんけつざっちょう)や、
柔らかな情趣の吹絵紙(ふきえがみ)との再会が殊更に嬉しかったです。

他に、上品なかわいらしさの暈繝錦几褥(うんげんにしきのきじょく)、
心躍る配色の雑玉幡(ざつぎょくのばん)などは、
地味に見える展示の中、
ぱっと華やぐものと感じられました。

また檜金銀絵経筒(ひのききんぎんえのきょうづつ)はその按配のよい大きさと堅固な質感、
施された線香花火がはぜたような愛らしくて品のある紋様に、
白橡地亀甲錦褥(しろつるばみじきっこうにしきのじょく)は織りの緻密な意匠に、
心惹かれるものがありました。

今回は天皇皇后両陛下傘寿の記念展だそうで、
特に聖武天皇の愛用品がいくつか出陳されていました。
中でも御床(ごしょう)とそれに敷いた御床畳残欠(ごしょうのたたみ ざんけつ)は、
それを覆ったという、上記白橡地亀甲錦褥残欠とともに、
なんとも言えない存在感を醸し出して印象的でした。

自分の寝床が千有余年の時を経て衆目に曝されようとは、
庶民よりも天皇位にあった方のほうが、
予想外の珍事と感じているかもしれませんね。

会期は11月12日(水)までです。
なお、本館(なら仏像館)は改修工事のため平成28年3月までを予定として休館中です。




さて、奈良博から出て、
例年通り興福寺の塔と国宝館の間の道を通って近鉄の駅に戻ろうとすると、
ふと、見たことのない光景が目に飛び込んできました。
東金堂の背面の扉が開いている!
しかも、観光客らしい一般人が出はいりしている!

さっそく東金堂の入場券を扱っている方に聞いてみると、
この日から一か月だけ、後ろの扉を開けている、とのこと。
不定期開扉で、前回は4年前だったそう。
それは行くしかないです。
迷わず入ってみました。

(最初東金堂の普通の入場券(300円)を求めて正面から入ったのですが、
後堂に入るには別途300円必要でした。
後堂のみ拝観することもできそうでしたし、
おそらく興福寺内の共通拝観券もありそうでしたが、確認していません)


いつも、現代人の感覚では大きな仏像群に対して奥行が狭すぎると感じる東金堂ですが、
背後から静かに入ればその狭い奥行ゆえに、
正面からよりも更に温もりのある近しさが嬉しいです。

像の柔らかな肩越しに見上げる格天井も、
正面扉からの光が映えて軽やかに明るくて、
思わず、ここに住みたい!と叫んで、
同行の旧友を驚かせてしまいました。

居並ぶ仏像が、重厚な建築が、
背後から見る、ただそれだけで、
緊張を解いた舞台裏の様に、
優しく澄んだ明るい空間を作り上げている面白さ。

平安時代の火災の際、自ら踊り出て消失を免れたことから、
踊り大将と呼ばれるという正了知大将立像と、
その背面の阿弥陀三尊像板絵も、
そんな親しい空間によく沿った明るいものでした。

こうして非常に満足して後堂を出たのですが、
敷居というのか桟というのかを跨いだところで、お寺の方が、
壁の像を見ましたか?と話しかけてくれました。
壁の像?・・・板絵のことと思って、見ましたと答えると、
どうも違う様子です。
何でもいいからとにかく見てきなさいと言われて、
首を傾げながら再度堂内へ。

太い敷居を跨ぎなおして何気なく後ろの壁を振り返って、
思わず、あっ、と声を上げてしまいました。
檀上に並ぶ十二神将が、正面扉からの光をうけて、
背後の白い壁に柔らかな影となって重なり合っていたのです。

この光景には感動しました。
うっかり涙をあふれさせて、旧友を本当に困惑させる始末。
今も目に浮かぶ、ふわふわと揺れるように優しく重なりあう、
影と光の仏の図。

たまたま見かけた後堂開扉、
たくさんの参拝客の中で偶然声をかけてもらえた僥倖。
そんな、出逢う、という旅の魅力そのものの高揚感もともなって、
白壁の影仏を見ながら、涙を流して笑ってきたのでした。




なお、前回が4年前、
つまり2010年にも東金堂後堂の開扉があったはずですが、
その年はどうしていたかとblogを見れば、
小五の子供を連れて行った年でした。
いつもの通りこの道を通って、そういえば五重塔の開扉は看板などで見て、
子供を促したのですが拒否されたので、
なんとか東金堂だけを見せたのを思い出しました。
あの時、五重塔のほうばかり向いて通ったせいで、
後堂開扉には気づかなかったようです。
遷都1300年祭でしたね。

調べてさえ行けば、今回も4年前もすぐわかる情報だったと思うのですが、
こんな出逢いは、またきっちり調べてた時にはない嬉しさがあって、好きです。



東金堂後堂
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会津八一の歌碑と鹿
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「はるきぬと いまかもろびと ゆきかへり ほとけのにはに はなさくらしも」
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花食鳥と総合文化展 [美術館・博物館]

すずめとは、さくらの花を食べるものなのでしょうか。

穏やかな陽射しと時折そよぐ優しい風に、
さくらの花びらがはらはらと舞う中、
ふとその枝に目をとめれば、
すずめが無心に桜花をつついています。

つつくというより、花の根元を一心不乱に食いちきっているかの様。

もう、限界いっぱいに咲きほころんでいる花々は、
すずめのそのしぐさにたまらず一斉にわっと花びらを散らせていきます。

そんな中、ごくたまに散ることに耐えた花が、
食いちぎられた根元から、花の形をしたまま、
ふるふると落ちていくことがあります。

落下傘の様にくるくるくるくる回転しながら、
無数の花びらの乱舞の中、
惜しむ様にゆっくりゆっくり落下していく様は、
なんとも夢の様に美しく、
そして不思議な光景でした。


小さな桜花の舞は携帯で写せなかったので、
場所は異なりますが法隆寺宝物館へ行く道のイチヨウサクラの写真を。
八重桜で、この日満開でした。

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桜花散るその風景を見たのは、
東京国立博物館の、平成館と本館をつなぐ渡り廊下の様な一画。
普段は非公開の庭園に面した部分が緩やかな曲線を描くガラス張りになっていて、
すずめたちにも警戒されることなく、
少し高い位置から目の前の桜の樹を眺めることができるのです。


■ ここを通って平成館で特別展を見終えて本館へと移動する手前で、
小さい一室ながらいつも面白い展示の「企画展示室」を覗きました。
今回は「幻の動物 麒麟」(4/10~5/27)。

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瑞祥の霊獣麒麟を意匠にした、中国・朝鮮も含めた様々な工芸品から、
何故実在の「ジラフ」が「麒麟」となったかを推測させる史料まで、
龍や鳳凰といった他の霊獣をも網羅した、点数こそ少ないのですが興趣に富んだ展示です。
記憶に残った数点を。

明代の「五彩麒麟図皿」
前足に爪が見え、背に翼様のものもある、
という解説だったので、それらしきものはなんとか確認できたのですが、
肝心の顔や胴がどれなのかが判明できず、我ながら苦笑。
手前の大きなトンボの目玉の様なものがやはり麒麟の顔なのでしょうか・・・。

伝浄瑠璃寺伝来「十二神将立像 辰神」(重文)
80センチほどと小ぶりの、鎌倉時代の十二神将です。
剣を振りぬき様の前かがみの姿勢がたいそう格好が良く、
それでいて膝がすっと伸びているので品の良さに神性の宿る像でした。

「天寿国曼荼羅残欠(模本)」
中宮寺の天寿国繍帳の模本です。
原本はもっと綺麗だったはず。
それが第一印象です。
もっと糸に艶があり、補修を重ねて確かにボロボロでも、
もっと情趣に富んだ陰影があったはず。
少なくとも、制作当時のままの部分は。
正倉院展でも時々見ます。
当時のものもたしかに激しく傷んでいるものの、
明治期あたりにせっかく作った模造品のほうが、
はるかに見るかげもなく朽ちているのを。
人類が進化してきたとは、とても感じられない一瞬です。

「獅子・狛犬」(重文)
薬師寺蔵の平安時代の一対です。
小ぶりで背のすっと伸びた柔らかな姿。
狛犬として異形でありながら、
主の足元に控えるドーベルマンか何かを思いださせる、
体温や息遣いのある温かな存在に見えました。


■ 本館では二階2室、国宝展示室の、
「平治物語絵巻 六波羅行幸巻」(国宝)
が目的。
ボストン美術館展で同絵巻の「三条殿夜討巻」が公開されているのにあわせての展示。
静嘉堂文庫の「東洋絵画の精華」展で同「信西巻」が展示されるので、
平治物語絵巻の現存する3巻が、この時期同時に東京で見られます。

平治物語絵巻、現存3巻の鑑賞情報。
「三条殿夜討巻」
東博平成館「ボストン美術館 日本美術の至宝」展(2012.3.20~6.10)

「六波羅行幸巻」
東博本館2室(2012.4.17~5.27)

「信西巻」
静嘉堂文庫美術館「東洋絵画の精華」展(2012.4.14~5.20)

東博と静嘉堂文庫美術館とで鑑賞券の相互割引制度があるそうです。


■ 国宝室から戻り際、ふと覗いた特別1室で、目を惹かれる展示がありました。
「東京国立博物館140周年特集陳列 小袖・振袖図―明治四十四年特別展覧会の記録―」
ちょっと長い展示名で見ただけで敬遠しそうですが。

覗けば実物大の振袖や小袖の模写が、随分詳細に、
でも色彩は一部だけだったりするものが、展示されています。
他に草履や下駄、日本髪を結う時に中に入れる髱差(だぼさし)等の画も。
模写は37枚残るそうですが、長くこれが何なのか不明で、
近年の調査でようやく判明したそうです。

ほぼ百年前の明治44年(1911)に、
徳川時代の女性の衣装や服飾小物を全国から集めて展示したことがありました。
その時、後世の資料にと、集められた小袖や振袖の意匠を忠実に模写したものが、
今回の展示品となっているのです。
一緒に残されたモノクロームのガラス乾板写真のパネルも同時に展示されていますが、
カラー写真のない当時、色彩を残すには模写しかなかったのですね。

原品の小袖や振袖のほとんどが現在では所在不明だそうです。
その後の歴史を思えば、天災で、戦火で、そして貴富層の没落で、
当時上流階級のお譲さんたちが華やかに着飾っていたはずのこれら服飾品の末路は、
容易に想像がつく気がします。

消えてしまった華やかな時代の夢が宿っているのか、
資料を残すという仕事の誇り故か、
残された模写のすべてはどこか明るく透き通っているのです。

この展示は2012.3.27~4.22。
期間残りわずかですので、ご興味のある方は是非、見てください。


写真があまりに下手でしたが、参考までにこんな感じです。

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桐鳳凰図・東京国立博物館 [美術館・博物館]

今年のお正月に東博を訪ねたときのことです。

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(ゆりのきちゃん(右)とトーハク君。流行のゆるキャラ?)


本館入り口横に、迎春用の大きな垂れ幕がかかっていました。

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そういえば、去年もかかっていました。

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右側は、去年のものは光琳の風神雷神図から雷神、
今年のものは菱川師宣の見返り美人図。
誰でも知っている文化財といえますね。

しかし左側は、去年も今年も同じものなのに、私の知らない作品です。
江戸時代の画の一部かしらとぼーっと見ていたのですが、
あら?そういえば、
風神雷神や、見返り美人図と並ぶということは、同じくらい有名な図なのかしら?
もしかして、若冲だったり?!・・・
と近づいて見上げたものの、違います。

さあ、気になりました!

帰宅して東博のホームページを見ました。
でも、何も載っていません。
あたりをつけて過去の展覧会のカタログをめくっても、それらしきものは発見できません。
たぶん江戸時代の、きっと有名な画だと予想したのに、
わからないのが情けなくて・・・

すみません、どうしても気になって、お電話で問い合わせてしまいました。

なんと!

「友禅染掛幅 桐鳳凰図」

江戸時代(19世紀)の作者不詳の友禅染でした。


東博ホームページの「調査研究」→「画像検索」で、
半角で「I-42」を検索すると画像が出てきます。
(そちらでの作品名は、
「桐に鳳凰図友禅染掛幅」
になっています)


そして、この実物が今年の2/26まで本館10室にて展示中、と教えて頂いたので、
見に行ってきました。

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写真は不出来ですが、実物はものすごく精緻で目を見張るものです。

地を踏みつけ力強く振り向く鳳凰の、落ち着いた中にも鋭さの宿る気品、
印象的な長い尾羽の弾む様な存在感、
対照的に尾のつけ根からふわふわと風になびいて踊り出る細い羽根の柔らかい優しさ、
それら総てが、ガラス越しでも見てとれる極微で繊細な筆遣いで描き込まれています。
さして大きくない掛幅ですが、背後の桐の葉や花、余白まで魅力的で、
物凄い勢いで心を掴み取られました。

技法については、私には語れる素養がありませんから、
染織なのにとか、染織だからとかは、言えません。
そんなことは関係なく、凄く好きになりました。
(表装含めて総て友禅染だそうです)


ちょっとした興味から問い合わせたことでしたが、
心ひかれるものとの出会いは、とてもとても幸せでした。
お伝えするには力もないこの場ですが、
あらためて、お礼を申しあげます。

次に展示されるのがいつなのかわかりませんが、
再会を心待ちにしています。



なお、垂れ幕を見て、最初に若冲かも?と思ったのは、
鳳凰図で有名なことももちろんですが、
皇室の名宝展(2009年東博)の「紫陽花双鶏図」や、
対決!巨匠たちの日本美術展(2008年東博)の「仙人掌群鶏図襖」に、
印象の似た、片足で地を踏みつけ下から睨み上げ、尾を跳ね上げた図があったので、
それらが記憶のどこかに残っていたせいなのかもしれません。
どちらも鶏ですが。

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2011年奈良(3)-藤ノ木古墳・法隆寺・中宮寺 [寺・仏像など]

翌日はJRで法隆寺へ行くことに。
JR奈良駅が見違えるといいますか、まったく別の近代的な駅になっていたので、
ひとりワーワー大騒ぎしてしまいました。
かつての懐かしい駅舎は、高架となった線路と切り離されて残っていましたが、
そのまま保存されるのでしょうか。

法隆寺駅からはタクシーを覚悟していましたが、ちょうどシャトルバスに乗れました。
降りて門まで歩くわずかな間に、非常に熱心にビラを配っている女性が。
その様子から、明らかに物販や宗教的な勧誘とは違う気がしたので、
なんとなくビラを手に取ると・・・

「藤ノ木古墳 石室特別公開」

え!?なんですって!?
聞けば毎年春と秋に公開しているそうですが、
今年は震災のため春は中止、秋はこの5日、6日の二日間だけとのことです。
まさに千載一遇、天からの棚から牡丹餅。
「古墳に入れるなんて、めったにないのよ!」
と、子供を引きずる様にして行ってみました。


法隆寺を最後に訪ねたのが何年前だったのかどうしても思い出せないのですが、
おそらく、5,6年・・・もう少し前でしょうか。
帰りに利用したタクシーの運転手さんが、
近いからと藤ノ木古墳を経由してくれたことがありました。
その時は狭い民家の間を走り、ここだよと教えていただいても、
他の小さな古墳同様、森の様なものが見えるだけだった気がします。

ところが、今回は法隆寺の門前を左に曲がるともうそこから、
まるで遊歩道の様に明るく整備された道が続いています。
確かに民家や田畑の間を通りますが、迷うことのない一本道、
藤ノ木古墳そのものも、小さな公園の様に整備されていて驚きました。

石室内部は狭いため一度に10人程度しか入れません。
ちょうど団体さんとぶつかったため、40分ほど待ったでしょうか。
その間、ボランティアの腕章をつけたたくさんのスタッフの方に、
古墳のこと、昨年(2010年3月)出来たばかりという斑鳩文化財センターのこと、
それからひこにゃんより昔からいるとご自慢らしい、ゆるきゃら「パゴちゃん」のこと、
たくさんお話して頂きました。

斑鳩文化財センター
http://www4.kcn.ne.jp/~ikaru-i/spot10/ikarugabunnkazaisennta.html

パゴちゃん
http://www.town.ikaruga.nara.jp/syo/item_420.html

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いよいよ古墳内部です。
羨道には、人ふたりがやっとの幅の橋げたの様な通路が組まれていて、
玄室ぎりぎりまでたどっての見学です。
玄室内はわずかな照明ですが充分に見え、4メートルという天井のお陰か広く感じます。
奥に横向きの家形石棺。
わずかに朱色が残ります。
そこで、男性二人の被葬者が確認されたこと、
貴重な未盗掘の発見で、出土品はすべて国宝指定をうけたこと、
それだけの副葬品が出ても、被葬者が誰かの特定はできていないこと、
崇峻天皇陵という説も出たものの、他に有力な候補がある(赤坂天王山古墳)ため確定しないこと、
など、中にふたりいらした係の方の片方がお話してくださいました。

古墳の持つ独特の雰囲気はとても言葉にはできません。
お墓ですから・・・
あばいて土足で「見学」を暴挙かもしれないと感じる気持ちを大切にしながら、
でも、忘れないで欲しいと願いながら逝き、忘れないからと泣いて葬った、
そんな遠いご先祖様たちを、今もこうして忘れないで訪ない、
どなただったのかと問いかけ続けることは、小さく無力な命の連続の中で、
今、できる最大のことなのかもしれないとも思います。



来た道を戻って、法隆寺です。
中門を左に行って回廊の中に入れば、本当にいつ来ても満たされて安心する空間です。
調和がとれているというのか、無用なものがないというか。

まず五重塔。
雨は降っていませんでしたが、薄曇のこの日、明暗差が少ないお陰か、
塔の扉から垣間見る内部の塔本塑像(塔本四面具)、よく見えました。
若い頃はこの群像の良さなどわかりませんでしたが、
今しみじみ見ると、素朴で無慈悲にも見える忽然感で、そこにおさまっています。
手前のわずかな扉と金網で守られただけの小さな空間に、
ただただあり続けた土の像たち。
そのことだけ思っても、ぞくぞくします。

悟りや論説の場面、表現の静かさも凄いと思いますが、やはり、
一番記憶に残るのは、北側の釈迦涅槃図(北面涅槃像土)、
釈迦の今際の際にただただ号泣するしかない僧たちの、
小さな土人形。
胸を叩き、天を仰ぎ、地に伏し、
大きな口をあけて顔をくしゃくしゃにして、吼える様にあられもなく嘆く姿は、
人間の有様を見せて本物の人間以上ではないでしょうか。
小さな土人形の伝えてきたものの大きさに粛然とします。


それから金堂。
「ライトアップ」がされてから初めて訪ねます。
ここも、見学者の便だけを考えた豪勢な照明かと心配したのが、
どこから照らしているのかも一見わからない、ほのかな明かりだったので、
もう今回何度感じたかわからない安堵を覚えました。
色味のせいか平面的に見えてしまうのは、致し方ないことでしょうか。
少なくともまず立ち止まる全員がつぶやいていた「見えない」という愚痴だけは、
封印できていると思いました。
四周の壁画(複製)もよく見えましたし。

・・・もっとも私は、暗さの中じっとしていると、
やがて像が形を作って浮かび上がってくる、あの瞬間が好きだったのですが。


ここの仏像はそれぞれの姿に感じ入るというよりも、
この空間すべてでひとつの感動を与えてくれるものと思います。
ぽっかりと、異空間の眼前に広がる様子は、
見たことはなくても、たとえ想像だとしても、
ここだけに古代の時を留めていると思わせる強い拒絶感で迫ってきます。
決して、踏み込むことを許されない時の空間として。


講堂のあっけらかんとした中を通り、鏡池のある庭?へ。
かつては大宝蔵殿へ直進していたのを、うろ覚えに左のほうへ行くと、
平成10年落成の、百済観音堂のある大宝蔵院への道順が出ていました。
のっけから夢違観音像、玉虫厨子、九面観音像と、極上の宝物が並びます。
中央に百済観音像がいらして、橘夫人厨子、百万塔と百万塔陀羅尼などなど、
他も勿論、こちらの器が間に合わないくらい、素晴らしいものが次々流れこみます。
しかし子供は、もう五重塔時点で辟易としていた様子で、
さっさと進んでしまうのを、大きな声で呼び戻して無理矢理見せてしまいました、
ご迷惑おかけしてすみません・・・。

本物を見せたかったのは勿論見ですが、実は自分が子供の頃、
「玉虫の厨子は玉虫の羽を使って飾っていた」
というのを聞いて、いったい虫の羽をどこにどう使っていたのか、
表面に貼っていたのか?それとも下部を取り巻く虫の甲羅めいたものが羽だったのか?
そもそも玉虫自体あまり見慣れない虫だったこともあり、
さっぱり想像もつかないまま長く疑問でした。
厨子を取り巻く透かし彫りの金具の下に文字通り玉虫色の羽を敷き詰めていた、
というのを知ったのは、成人してからです。
しかし今ここには、実際の荘厳の様子を1区画分ですがきらめかしく再現したものが参考展示してあります。
これを見せたかったのです。
今は黒ずんで落剥の風情漂う厨子ですが、
当初はこのまばゆい金と玉虫色に輝くものすごいものだったと、
子供は想像してくれたでしょうか。


そこから東院へ。
この道はいつも、上原和さんの聖徳太子論の表題「斑鳩の白い道の上で」を思い出します。
渋い紅葉が綺麗でした。

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夢殿では、私が世の中で一番怖ろしい仏像、と思っている、

救世観音像

が秋の開扉期間で拝観できます。
怖ろしいです、ただただ、ぞっとします。
憤怒像でもないし、静かに佇んでいるだけなのに、
どうにもこの怖ろしさは、最初に見たときから変わりません。
不思議ですね。
聖徳太子の等身大像といいますが、デスマスクではないのかと思ったことすらあります。
あまりにも人間そのものなのですもの。
肉食をし、鼻息の荒い、まぎれもない男の人がそこに立っている気がするのです。
しかも、有無を言わさぬ力で迫ってくる。
それはそれは、怖ろしいです。


ここから、最後の訪問、中宮寺へ。
今までの、古代建築を残そう、守ろうとする大寺院に比べて、
昭和の建築が池に囲まれて建つ姿は柔らかに感じられて、
子供も少しほっとした様子でした。
靴を脱いで仏像の前に座ってお話を聞くというのも、
考えてみればこの旅ではじめて

半跏思惟姿の弥勒菩薩像はやっぱり不思議です。
私にはまだ、はっきりと形を見せてくれません。
好きとも嫌いともなく、荘厳の少ない小さなお部屋につくねんと座ってらっしゃいました。


覚書がわりにと長く書いてしまいました。
今年の奈良は、これでおしまい。
来年中学に入る息子。
おとなしく?奈良について来てくれるのも今回まででしょうか。
何でもいいです、本物の持つ力だけでも、感じてくれていれば。

正倉院展にあわせてコツコツ秋の奈良に通って四半世紀を越えました。
訪ねるたびに、想いが深くなっていきます。

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