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    <title>たまゆら記－夢紫五色ブログ－</title>
    <link>http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/</link>
    <language>ja</language>

    <pubDate>Wed, 18 Apr 2012 10:04:04 +0900</pubDate>  
    <description><![CDATA[まるさの展覧会巡り、仏像鑑賞のブログ。 メインサイト夢紫五色の更新兼用です、詳細は「はじめに」を見てくださいね。]]></description>
    
        <item>
      <title>花食鳥と総合文化展</title>
      <link>http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/2012-04-18</link>
      <category>美術館・博物館</category>
      <pubDate>Wed, 18 Apr 2012 10:04:04 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/2012-04-18</guid>  
      <description><![CDATA[すずめとは、さくらの花を食べるものなのでしょうか。<br />
<br />
穏やかな陽射しと時折そよぐ優しい風に、<br />
さくらの花びらがはらはらと舞う中、<br />
ふとその枝に目をとめれば、<br />
すずめが無心に桜花をつついています。<br />
<br />
つつくというより、花の根元を一心不乱に食いちきっているかの様。<br />
<br />
もう、限界いっぱいに咲きほころんでいる花々は、<br />
すずめのそのしぐさにたまらず一斉にわっと花びらを散らせていきます。<br />
<br />
そんな中、ごくたまに散ることに耐えた花が、<br />
食いちぎられた根元から、花の形をしたまま、<br />
ふるふると落ちていくことがあります。<br />
<br />
落下傘の様にくるくるくるくる回転しながら、<br />
無数の花びらの乱舞の中、<br />
惜しむ様にゆっくりゆっくり落下していく様は、<br />
なんとも夢の様に美しく、<br />
そして不思議な光景でした。<br />
<br />
<br />
小さな桜花の舞は携帯で写せなかったので、<br />
場所は異なりますが法隆寺宝物館へ行く道のイチヨウサクラの写真を。<br />
八重桜で、この日満開でした。<br />
<br />
<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9df/musigosiki/120417tohaku088-36e91.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_9df/musigosiki/m_120417tohaku088-36e91.jpg" width="210" height="350" border="0" align="" alt="120417tohaku088.jpg" onclick="location.href = 'http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_120417tohaku088-36e91.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />
<br />
<br />
－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－<br />
<br />
<br />
桜花散るその風景を見たのは、<br />
東京国立博物館の、平成館と本館をつなぐ渡り廊下の様な一画。<br />
普段は非公開の庭園に面した部分が緩やかな曲線を描くガラス張りになっていて、<br />
すずめたちにも警戒されることなく、<br />
少し高い位置から目の前の桜の樹を眺めることができるのです。<br />
<br />
<br />
■　ここを通って平成館で特別展を見終えて本館へと移動する手前で、<br />
小さい一室ながらいつも面白い展示の「企画展示室」を覗きました。<br />
今回は「幻の動物　麒麟」（４／１０～５／２７）。<br />
<br />
<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9df/musigosiki/120417tohaku02-c4f41.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_9df/musigosiki/m_120417tohaku02-c4f41.jpg" width="210" height="350" border="0" align="" alt="120417tohaku02.jpg" onclick="location.href = 'http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_120417tohaku02-c4f41.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />
<br />
<br />
瑞祥の霊獣麒麟を意匠にした、中国・朝鮮も含めた様々な工芸品から、<br />
何故実在の「ジラフ」が「麒麟」となったかを推測させる史料まで、<br />
龍や鳳凰といった他の霊獣をも網羅した、点数こそ少ないのですが興趣に富んだ展示です。<br />
記憶に残った数点を。<br />
<br />
明代の「五彩麒麟図皿」<br />
前足に爪が見え、背に翼様のものもある、<br />
という解説だったので、それらしきものはなんとか確認できたのですが、<br />
肝心の顔や胴がどれなのかが判明できず、我ながら苦笑。<br />
手前の大きなトンボの目玉の様なものがやはり麒麟の顔なのでしょうか・・・。<br />
<br />
伝浄瑠璃寺伝来「十二神将立像　辰神」（重文）<br />
８０センチほどと小ぶりの、鎌倉時代の十二神将です。<br />
剣を振りぬき様の前かがみの姿勢がたいそう格好が良く、<br />
それでいて膝がすっと伸びているので品の良さに神性の宿る像でした。<br />
<br />
「天寿国曼荼羅残欠（模本）」<br />
中宮寺の天寿国繍帳の模本です。<br />
原本はもっと綺麗だったはず。<br />
それが第一印象です。<br />
もっと糸に艶があり、補修を重ねて確かにボロボロでも、<br />
もっと情趣に富んだ陰影があったはず。<br />
少なくとも、制作当時のままの部分は。<br />
正倉院展でも時々見ます。<br />
当時のものもたしかに激しく傷んでいるものの、<br />
明治期あたりにせっかく作った模造品のほうが、<br />
はるかに見るかげもなく朽ちているのを。<br />
人類が進化してきたとは、とても感じられない一瞬です。<br />
<br />
「獅子・狛犬」（重文）<br />
薬師寺蔵の平安時代の一対です。<br />
小ぶりで背のすっと伸びた柔らかな姿。<br />
狛犬として異形でありながら、<br />
主の足元に控えるドーベルマンか何かを思いださせる、<br />
体温や息遣いのある温かな存在に見えました。<br />
<br />
<br />
■　本館では二階２室、国宝展示室の、<br />
「平治物語絵巻 六波羅行幸巻」（国宝）<br />
が目的。<br />
ボストン美術館展で同絵巻の「三条殿夜討巻」が公開されているのにあわせての展示。<br />
静嘉堂文庫の「東洋絵画の精華」展で同「信西巻」が展示されるので、<br />
平治物語絵巻の現存する３巻が、この時期同時に東京で見られます。<br />
<br />
平治物語絵巻、現存３巻の鑑賞情報。<br />
「三条殿夜討巻」<br />
東博平成館「ボストン美術館　日本美術の至宝」展（2012.3.20～6.10）<br />
<br />
「六波羅行幸巻」<br />
東博本館２室（2012.4.17～5.27）<br />
<br />
「信西巻」<br />
静嘉堂文庫美術館「東洋絵画の精華」展（2012.4.14～5.20）<br />
<br />
東博と静嘉堂文庫美術館とで鑑賞券の相互割引制度があるそうです。<br />
<br />
<br />
■　国宝室から戻り際、ふと覗いた特別１室で、目を惹かれる展示がありました。<br />
「東京国立博物館140周年特集陳列 小袖・振袖図―明治四十四年特別展覧会の記録―」<br />
ちょっと長い展示名で見ただけで敬遠しそうですが。<br />
<br />
覗けば実物大の振袖や小袖の模写が、随分詳細に、<br />
でも色彩は一部だけだったりするものが、展示されています。<br />
他に草履や下駄、日本髪を結う時に中に入れる髱差（だぼさし）等の画も。<br />
模写は３７枚残るそうですが、長くこれが何なのか不明で、<br />
近年の調査でようやく判明したそうです。 <br />
<br />
ほぼ百年前の明治４４年（１９１１）に、<br />
徳川時代の女性の衣装や服飾小物を全国から集めて展示したことがありました。<br />
その時、後世の資料にと、集められた小袖や振袖の意匠を忠実に模写したものが、<br />
今回の展示品となっているのです。<br />
一緒に残されたモノクロームのガラス乾板写真のパネルも同時に展示されていますが、<br />
カラー写真のない当時、色彩を残すには模写しかなかったのですね。<br />
<br />
原品の小袖や振袖のほとんどが現在では所在不明だそうです。<br />
その後の歴史を思えば、天災で、戦火で、そして貴富層の没落で、<br />
当時上流階級のお譲さんたちが華やかに着飾っていたはずのこれら服飾品の末路は、<br />
容易に想像がつく気がします。<br />
<br />
消えてしまった華やかな時代の夢が宿っているのか、<br />
資料を残すという仕事の誇り故か、<br />
残された模写のすべてはどこか明るく透き通っているのです。<br />
<br />
この展示は2012.3.27～4.22。<br />
期間残りわずかですので、ご興味のある方は是非、見てください。<br />
<br />
<br />
写真があまりに下手でしたが、参考までにこんな感じです。<br />
<br />
<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9df/musigosiki/120417tohaku06-90828.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_9df/musigosiki/m_120417tohaku06-90828.jpg" width="210" height="350" border="0" align="" alt="120417tohaku06.jpg" onclick="location.href = 'http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_120417tohaku06-90828.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />
<br />
<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9df/musigosiki/120417tohaku07-aaba1.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_9df/musigosiki/m_120417tohaku07-aaba1.jpg" width="350" height="210" border="0" align="" alt="120417tohaku07.jpg" onclick="location.href = 'http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_120417tohaku07-aaba1.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><a name="more"></a>]]></description>
      <author>まるさ</author>
          </item>
        <item>
      <title>桐鳳凰図・東京国立博物館</title>
      <link>http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/2012-02-25</link>
      <category>美術館・博物館</category>
      <pubDate>Sat, 25 Feb 2012 11:41:04 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/2012-02-25</guid>  
      <description><![CDATA[今年のお正月に東博を訪ねたときのことです。<br />
<br />
<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9df/musigosiki/120111toh02.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_9df/musigosiki/m_120111toh02.jpg" width="350" height="210" border="0" align="" alt="120111toh02.jpg" onclick="location.href = 'http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_120111toh02.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />
<br />
（ゆりのきちゃん（右）とトーハク君。流行のゆるキャラ？）<br />
<br />
<br />
本館入り口横に、迎春用の大きな垂れ幕がかかっていました。<br />
<br />
<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9df/musigosiki/120224th01.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_9df/musigosiki/m_120224th01.jpg" width="210" height="350" border="0" align="" alt="120224th01.jpg" onclick="location.href = 'http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_120224th01.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />
<br />
<br />
<br />
そういえば、去年もかかっていました。<br />
<br />
<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9df/musigosiki/110112tohaku02.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_9df/musigosiki/m_110112tohaku02.jpg" width="210" height="350" border="0" align="" alt="110112tohaku02.jpg" onclick="location.href = 'http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_110112tohaku02.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />
<br />
<br />
右側は、去年のものは光琳の風神雷神図から雷神、<br />
今年のものは菱川師宣の見返り美人図。<br />
誰でも知っている文化財といえますね。<br />
<br />
しかし左側は、去年も今年も同じものなのに、私の知らない作品です。<br />
江戸時代の画の一部かしらとぼーっと見ていたのですが、<br />
あら？そういえば、<br />
風神雷神や、見返り美人図と並ぶということは、同じくらい有名な図なのかしら？<br />
もしかして、若冲だったり？！・・・<br />
と近づいて見上げたものの、違います。<br />
<br />
さあ、気になりました！<br />
<br />
帰宅して東博のホームページを見ました。<br />
でも、何も載っていません。<br />
あたりをつけて過去の展覧会のカタログをめくっても、それらしきものは発見できません。<br />
たぶん江戸時代の、きっと有名な画だと予想したのに、<br />
わからないのが情けなくて・・・<br />
<br />
すみません、どうしても気になって、お電話で問い合わせてしまいました。<br />
<br />
なんと！<br />
<br />
「友禅染掛幅 桐鳳凰図」<br />
<br />
江戸時代（１９世紀）の作者不詳の友禅染でした。<br />
<br />
<br />
東博ホームページの「調査研究」→「画像検索」で、<br />
半角で「I-42」を検索すると画像が出てきます。<br />
（そちらでの作品名は、<br />
「桐に鳳凰図友禅染掛幅」<br />
になっています）<br />
<br />
<br />
そして、この実物が今年の２／２６まで本館１０室にて展示中、と教えて頂いたので、<br />
見に行ってきました。<br />
<br />
<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9df/musigosiki/120224th05-a2d74.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_9df/musigosiki/m_120224th05-a2d74.jpg" width="210" height="350" border="0" align="" alt="120224th05.jpg" onclick="location.href = 'http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_120224th05-a2d74.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />
<br />
<br />
<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9df/musigosiki/120224th04-5428b.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_9df/musigosiki/m_120224th04-5428b.jpg" width="210" height="350" border="0" align="" alt="120224th04.jpg" onclick="location.href = 'http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_120224th04-5428b.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />
<br />
<br />
写真は不出来ですが、実物はものすごく精緻で目を見張るものです。<br />
<br />
地を踏みつけ力強く振り向く鳳凰の、落ち着いた中にも鋭さの宿る気品、<br />
印象的な長い尾羽の弾む様な存在感、<br />
対照的に尾のつけ根からふわふわと風になびいて踊り出る細い羽根の柔らかい優しさ、<br />
それら総てが、ガラス越しでも見てとれる極微で繊細な筆遣いで描き込まれています。<br />
さして大きくない掛幅ですが、背後の桐の葉や花、余白まで魅力的で、<br />
物凄い勢いで心を掴み取られました。<br />
<br />
技法については、私には語れる素養がありませんから、<br />
染織なのにとか、染織だからとかは、言えません。<br />
そんなことは関係なく、凄く好きになりました。<br />
（表装含めて総て友禅染だそうです）<br />
<br />
<br />
ちょっとした興味から問い合わせたことでしたが、<br />
心ひかれるものとの出会いは、とてもとても幸せでした。<br />
お伝えするには力もないこの場ですが、<br />
あらためて、お礼を申しあげます。<br />
<br />
次に展示されるのがいつなのかわかりませんが、<br />
再会を心待ちにしています。<br />
<br />
<br />
<br />
なお、垂れ幕を見て、最初に若冲かも？と思ったのは、<br />
鳳凰図で有名なことももちろんですが、<br />
皇室の名宝展（２００９年東博）の「紫陽花双鶏図」や、<br />
対決！巨匠たちの日本美術展（２００８年東博）の「仙人掌群鶏図襖」に、<br />
印象の似た、片足で地を踏みつけ下から睨み上げ、尾を跳ね上げた図があったので、<br />
それらが記憶のどこかに残っていたせいなのかもしれません。<br />
どちらも鶏ですが。<br />
<a name="more"></a>]]></description>
      <author>まるさ</author>
          </item>
        <item>
      <title>2011年奈良（３）－藤ノ木古墳・法隆寺・中宮寺</title>
      <link>http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/2011-11-15</link>
      <category>寺・仏像など</category>
      <pubDate>Tue, 15 Nov 2011 16:30:31 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/2011-11-15</guid>  
      <description><![CDATA[翌日はＪＲで法隆寺へ行くことに。<br />
ＪＲ奈良駅が見違えるといいますか、まったく別の近代的な駅になっていたので、<br />
ひとりワーワー大騒ぎしてしまいました。<br />
かつての懐かしい駅舎は、高架となった線路と切り離されて残っていましたが、<br />
そのまま保存されるのでしょうか。<br />
<br />
法隆寺駅からはタクシーを覚悟していましたが、ちょうどシャトルバスに乗れました。<br />
降りて門まで歩くわずかな間に、非常に熱心にビラを配っている女性が。<br />
その様子から、明らかに物販や宗教的な勧誘とは違う気がしたので、<br />
なんとなくビラを手に取ると・・・<br />
<br />
「藤ノ木古墳　石室特別公開」<br />
<br />
え！？なんですって！？<br />
聞けば毎年春と秋に公開しているそうですが、<br />
今年は震災のため春は中止、秋はこの５日、６日の二日間だけとのことです。<br />
まさに千載一遇、天からの棚から牡丹餅。<br />
「古墳に入れるなんて、めったにないのよ！」<br />
と、子供を引きずる様にして行ってみました。<br />
<br />
<br />
法隆寺を最後に訪ねたのが何年前だったのかどうしても思い出せないのですが、<br />
おそらく、５，６年・・・もう少し前でしょうか。<br />
帰りに利用したタクシーの運転手さんが、<br />
近いからと藤ノ木古墳を経由してくれたことがありました。<br />
その時は狭い民家の間を走り、ここだよと教えていただいても、<br />
他の小さな古墳同様、森の様なものが見えるだけだった気がします。<br />
<br />
ところが、今回は法隆寺の門前を左に曲がるともうそこから、<br />
まるで遊歩道の様に明るく整備された道が続いています。<br />
確かに民家や田畑の間を通りますが、迷うことのない一本道、<br />
藤ノ木古墳そのものも、小さな公園の様に整備されていて驚きました。<br />
<br />
石室内部は狭いため一度に１０人程度しか入れません。<br />
ちょうど団体さんとぶつかったため、４０分ほど待ったでしょうか。<br />
その間、ボランティアの腕章をつけたたくさんのスタッフの方に、<br />
古墳のこと、昨年（2010年3月）出来たばかりという斑鳩文化財センターのこと、<br />
それからひこにゃんより昔からいるとご自慢らしい、ゆるきゃら「パゴちゃん」のこと、<br />
たくさんお話して頂きました。<br />
<br />
斑鳩文化財センター<br />
<a href="http://www4.kcn.ne.jp/~ikaru-i/spot10/ikarugabunnkazaisennta.html" target="_blank">http://www4.kcn.ne.jp/~ikaru-i/spot10/ikarugabunnkazaisennta.html</a><br />
<br />
パゴちゃん<br />
<a href="http://www.town.ikaruga.nara.jp/syo/item_420.html" target="_blank">http://www.town.ikaruga.nara.jp/syo/item_420.html</a><br />
<br />
<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9df/musigosiki/111111nara05.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_9df/musigosiki/m_111111nara05.jpg" width="233" height="350" border="0" align="" alt="111111nara05.jpg" onclick="location.href = 'http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_111111nara05.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />
<br />
<br />
<br />
いよいよ古墳内部です。<br />
羨道には、人ふたりがやっとの幅の橋げたの様な通路が組まれていて、<br />
玄室ぎりぎりまでたどっての見学です。<br />
玄室内はわずかな照明ですが充分に見え、４メートルという天井のお陰か広く感じます。<br />
奥に横向きの家形石棺。<br />
わずかに朱色が残ります。<br />
そこで、男性二人の被葬者が確認されたこと、<br />
貴重な未盗掘の発見で、出土品はすべて国宝指定をうけたこと、<br />
それだけの副葬品が出ても、被葬者が誰かの特定はできていないこと、<br />
崇峻天皇陵という説も出たものの、他に有力な候補がある（赤坂天王山古墳）ため確定しないこと、<br />
など、中にふたりいらした係の方の片方がお話してくださいました。<br />
<br />
古墳の持つ独特の雰囲気はとても言葉にはできません。<br />
お墓ですから・・・<br />
あばいて土足で「見学」を暴挙かもしれないと感じる気持ちを大切にしながら、<br />
でも、忘れないで欲しいと願いながら逝き、忘れないからと泣いて葬った、<br />
そんな遠いご先祖様たちを、今もこうして忘れないで訪ない、<br />
どなただったのかと問いかけ続けることは、小さく無力な命の連続の中で、<br />
今、できる最大のことなのかもしれないとも思います。<br />
<br />
<br />
<br />
来た道を戻って、法隆寺です。<br />
中門を左に行って回廊の中に入れば、本当にいつ来ても満たされて安心する空間です。<br />
調和がとれているというのか、無用なものがないというか。<br />
<br />
まず五重塔。<br />
雨は降っていませんでしたが、薄曇のこの日、明暗差が少ないお陰か、<br />
塔の扉から垣間見る内部の塔本塑像（塔本四面具）、よく見えました。<br />
若い頃はこの群像の良さなどわかりませんでしたが、<br />
今しみじみ見ると、素朴で無慈悲にも見える忽然感で、そこにおさまっています。<br />
手前のわずかな扉と金網で守られただけの小さな空間に、<br />
ただただあり続けた土の像たち。<br />
そのことだけ思っても、ぞくぞくします。<br />
<br />
悟りや論説の場面、表現の静かさも凄いと思いますが、やはり、<br />
一番記憶に残るのは、北側の釈迦涅槃図（北面涅槃像土）、<br />
釈迦の今際の際にただただ号泣するしかない僧たちの、<br />
小さな土人形。<br />
胸を叩き、天を仰ぎ、地に伏し、<br />
大きな口をあけて顔をくしゃくしゃにして、吼える様にあられもなく嘆く姿は、<br />
人間の有様を見せて本物の人間以上ではないでしょうか。<br />
小さな土人形の伝えてきたものの大きさに粛然とします。<br />
<br />
<br />
それから金堂。<br />
「ライトアップ」がされてから初めて訪ねます。<br />
ここも、見学者の便だけを考えた豪勢な照明かと心配したのが、<br />
どこから照らしているのかも一見わからない、ほのかな明かりだったので、<br />
もう今回何度感じたかわからない安堵を覚えました。<br />
色味のせいか平面的に見えてしまうのは、致し方ないことでしょうか。<br />
少なくともまず立ち止まる全員がつぶやいていた「見えない」という愚痴だけは、<br />
封印できていると思いました。<br />
四周の壁画（複製）もよく見えましたし。<br />
<br />
･･･もっとも私は、暗さの中じっとしていると、<br />
やがて像が形を作って浮かび上がってくる、あの瞬間が好きだったのですが。<br />
<br />
<br />
ここの仏像はそれぞれの姿に感じ入るというよりも、<br />
この空間すべてでひとつの感動を与えてくれるものと思います。<br />
ぽっかりと、異空間の眼前に広がる様子は、<br />
見たことはなくても、たとえ想像だとしても、<br />
ここだけに古代の時を留めていると思わせる強い拒絶感で迫ってきます。<br />
決して、踏み込むことを許されない時の空間として。<br />
<br />
<br />
講堂のあっけらかんとした中を通り、鏡池のある庭？へ。<br />
かつては大宝蔵殿へ直進していたのを、うろ覚えに左のほうへ行くと、<br />
平成１０年落成の、百済観音堂のある大宝蔵院への道順が出ていました。<br />
のっけから夢違観音像、玉虫厨子、九面観音像と、極上の宝物が並びます。<br />
中央に百済観音像がいらして、橘夫人厨子、百万塔と百万塔陀羅尼などなど、<br />
他も勿論、こちらの器が間に合わないくらい、素晴らしいものが次々流れこみます。<br />
しかし子供は、もう五重塔時点で辟易としていた様子で、<br />
さっさと進んでしまうのを、大きな声で呼び戻して無理矢理見せてしまいました、<br />
ご迷惑おかけしてすみません・・・。<br />
<br />
本物を見せたかったのは勿論見ですが、実は自分が子供の頃、<br />
「玉虫の厨子は玉虫の羽を使って飾っていた」<br />
というのを聞いて、いったい虫の羽をどこにどう使っていたのか、<br />
表面に貼っていたのか？それとも下部を取り巻く虫の甲羅めいたものが羽だったのか？<br />
そもそも玉虫自体あまり見慣れない虫だったこともあり、<br />
さっぱり想像もつかないまま長く疑問でした。<br />
厨子を取り巻く透かし彫りの金具の下に文字通り玉虫色の羽を敷き詰めていた、<br />
というのを知ったのは、成人してからです。<br />
しかし今ここには、実際の荘厳の様子を１区画分ですがきらめかしく再現したものが参考展示してあります。<br />
これを見せたかったのです。<br />
今は黒ずんで落剥の風情漂う厨子ですが、<br />
当初はこのまばゆい金と玉虫色に輝くものすごいものだったと、<br />
子供は想像してくれたでしょうか。<br />
<br />
<br />
そこから東院へ。<br />
この道はいつも、上原和さんの聖徳太子論の表題「斑鳩の白い道の上で」を思い出します。<br />
渋い紅葉が綺麗でした。<br />
<br />
<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9df/musigosiki/111111nara06-40f09.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_9df/musigosiki/m_111111nara06-40f09.jpg" width="350" height="232" border="0" align="" alt="111111nara06.jpg" onclick="location.href = 'http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_111111nara06-40f09.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />
<br />
<br />
<br />
夢殿では、私が世の中で一番怖ろしい仏像、と思っている、<br />
<br />
救世観音像<br />
<br />
が秋の開扉期間で拝観できます。<br />
怖ろしいです、ただただ、ぞっとします。<br />
憤怒像でもないし、静かに佇んでいるだけなのに、<br />
どうにもこの怖ろしさは、最初に見たときから変わりません。<br />
不思議ですね。<br />
聖徳太子の等身大像といいますが、デスマスクではないのかと思ったことすらあります。<br />
あまりにも人間そのものなのですもの。<br />
肉食をし、鼻息の荒い、まぎれもない男の人がそこに立っている気がするのです。<br />
しかも、有無を言わさぬ力で迫ってくる。<br />
それはそれは、怖ろしいです。<br />
<br />
<br />
ここから、最後の訪問、中宮寺へ。<br />
今までの、古代建築を残そう、守ろうとする大寺院に比べて、<br />
昭和の建築が池に囲まれて建つ姿は柔らかに感じられて、<br />
子供も少しほっとした様子でした。<br />
靴を脱いで仏像の前に座ってお話を聞くというのも、<br />
考えてみればこの旅ではじめて。<br />
<br />
半跏思惟姿の弥勒菩薩像はやっぱり不思議です。<br />
私にはまだ、はっきりと形を見せてくれません。<br />
好きとも嫌いともなく、荘厳の少ない小さなお部屋につくねんと座ってらっしゃいました。<br />
<br />
<br />
覚書がわりにと長く書いてしまいました。<br />
今年の奈良は、これでおしまい。<br />
来年中学に入る息子。<br />
おとなしく？奈良について来てくれるのも今回まででしょうか。<br />
何でもいいです、本物の持つ力だけでも、感じてくれていれば。<br />
<br />
正倉院展にあわせてコツコツ秋の奈良に通って四半世紀を越えました。<br />
訪ねるたびに、想いが深くなっていきます。<br />
<a name="more"></a>]]></description>
      <author>まるさ</author>
          </item>
        <item>
      <title>2011年奈良（２）－正倉院展・興福寺国宝館</title>
      <link>http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/2011-11-14</link>
      <category>美術館・博物館</category>
      <pubDate>Mon, 14 Nov 2011 12:57:58 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/2011-11-14</guid>  
      <description><![CDATA[<div style="text-align:right;">奈良国立博物館<BR>
「第６３回　正倉院展」<BR>
会期：2011.10.29（土）～11.14（月）<BR>
訪ねた日：2011.11.5<BR>
書いた日：2011.11.14<BR></div><br />
<br />
東大寺を戒壇院から出て南へ。<br />
風情ある路地を通って依水園へ抜け、そのまま奈良博の正倉院展へ。<br />
途中知事公邸を見つけました、勿論中は覗けませんが、<br />
こんな場所にこんなゆかしい邸宅、さすが奈良です。<br />
<br />
到着したのは午後１時頃でしょうか。<br />
なんと、並ばずに入館できました。<br />
２５年以上通って休みの日の昼過ぎに並んでいないことなど記憶にありません。<br />
雨とはいえ、大丈夫なのか・・・と、中へ入ればほぼいつも通りの大混雑で、<br />
ついほっとしてしまいました。<br />
<br />
遷都１３００年祭で螺鈿紫檀五弦琵琶などの出た去年に比べて、<br />
たしかに今年は香木や薬関係、繊維製品と、多少地味に感じても仕方ないかもしれません。<br />
そして、すいている方が鑑賞には良いにきまっています。<br />
でも、長く興福寺との境まで伸びた行列のためのテントが白く雨に打たれているのを見ると、<br />
あまりに人気がなくなるのは哀しいと思ってしまいます。<br />
<br />
<br />
<br />
中に入るなり椅子めがけて走り、座り込んで動かない息子に、<br />
絶対見るよう言い含めて見せたものたちは以下です。<br />
<br />
<br />
金銀鈿荘唐大刀（きんぎんらでんそうからたち）<br />
質朴と豪華をあわせもつ大刀だと思います。<br />
唐草模様の透かし彫り金具を効果的に配置した金蒔絵の鞘は、<br />
華美になりすぎないおさえた魅力で時の風格を示します。<br />
ほぼまっすぐな刀身は細身で、何故か柔らかそうにすら見えます。<br />
透かし彫りにはまるガラス玉のほとんどが明治の新補だそうで、<br />
往時の実物は如何であったかと、こればかりは残念です。<br />
<br />
<br />
黄熟香（おうじゅくこう）<br />
「東大寺」の３文字を隠した蘭奢待（らんじゃたい）という名前で有名な香木。<br />
小柄な人の背ほどの長さがある意外と大きなものでびっくりします。<br />
伝来や宝庫に入ったいきさつは不明瞭で、正確に記録に出てくるのは室町時代以降だそう。<br />
各時代に少しずつ切り取った痕跡があり、<br />
足利義政、織田信長、明治天皇の三方は、切り取った場所に付箋が貼り付けてあります。<br />
義政と信長の場所に関しては根拠に乏しく、また、切り取らせたとしても本人の手が入ったかどうか、<br />
それも定かではありませんが、自然木のごそっとしたそっけなさの中に、<br />
多少不器用な四角い切り口があるのを見ると、<br />
確実に誰かが守り残し、誰かが削り取ったという実感が沸いて、<br />
そこに切り取った人が立つような、なんとも不思議な気持ちになります。<br />
近年の調査では、今でも当初の香りを留めているそうです。<br />
生涯に機会があれば、是非この香を楽しんでみたいものです。<br />
<br />
<br />
七条織成樹皮色袈裟（しちじょうしょくせいじゅひしょくのけさ）<br />
聖武天皇が実際に出家後に使用したと考えられる樹皮状の模様の袈裟。<br />
本来ハギレを縫い合わせて作る出家者の粗末な衣装、糞掃衣（ふんぞうえ）を、<br />
精緻な技術で「まるでハギレをつなぎ合わせたかの様に」織り出したもの。<br />
ハギレをつなぐと言っても今の簡単なパッチワークとは別もので、<br />
不定形に複雑にはぎあわせた様に織り出していて、模様がまるで樹皮に見えるのです。<br />
カタログにその特殊な織りの技法が説明されていますが、<br />
織物素人にはどうにも理解ができません。<br />
美しい模様を織り出しながら、通常の綴織より強度も増したものだそうです。<br />
しかし、この袈裟を見れば織りの技術がわからなくても、<br />
なんと手の込んだ、それ以上に心のこもった織物だろうと、ため息が出ます。<br />
羽織った聖武天皇よりも、帝の御為にと寝食を忘れ命も削って織ったかもしれない、<br />
そんな名前も残らない織り子さんの姿が浮かんできます。<br />
<br />
<br />
紅牙撥鏤尺（こうげばちるのしゃく）<br />
撥鏤ばちるとは、染めた象牙に極細の線で模様を彫り出す技法。<br />
これは紅く染めてあるので紅牙。<br />
尺とあるのはものさしのことで、儀式用だったと思われます。<br />
紅色の撥鏤尺は宝庫に六枚伝世し、私が特に好きなもののひとつです。<br />
絶対的な品格の下の、自由で可愛らしく、奔放でありながら精緻な模様ももちろんですが、<br />
色が。<br />
この紅い色が物凄く好きです。<br />
どこまでも鮮やかで激しく、見る者の胸をたぎらせるのに、<br />
同時に果て無く深く沈みこんで静謐。<br />
こんな印象的な紅は、蜀江錦とこれでしか見たことがありません。<br />
<br />
<br />
今回、文書に興味深いものが出ていました。<br />
昨年、明治時代に東大寺大仏の右膝付近の蓮華座下から出土し、<br />
東大寺金堂鎮壇具の一式として国宝指定されていた二口の剣が、<br />
天平時代に正倉院から出蔵されたまま行方知れずだった、<br />
（そして国家珍宝帳に「除物」と付箋がつけられていた）<br />
陽宝剣、陰宝剣に相当することがわかり、大変話題になりました。<br />
その二口の剣が出蔵された時の、天平宝字三年十二月二十六日付けの書類、<br />
それが出陳されました。<br />
人が守り伝えて、今も大切に守り続けているからこその、<br />
１２５０年ぶりの失せ物発見と、その証拠の品々です。<br />
坊さんや宝物の管理責任者の署名を眺めていると、いろいろ感じるものがあって、<br />
生きることの不思議さにまで思考が飛んで行きます。<br />
<br />
<br />
息子の中に、何か残るか、何も残らないか、<br />
それはわからないことですが、見せてやれたことだけでも、<br />
感謝します。<br />
遺して伝えて見せてくださった、総ての時代のすべての方へ。<br />
<br />
<br />
<br />
ごちゃっとした写真ですが、カタログとチケット（小学生用）、<br />
それから入り口で頂ける、読売新聞の特別号。<br />
漫画も多用されていて、子供にわかりやすい内容です。<br />
<br />
<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9df/musigosiki/111111nara04-75a0d.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_9df/musigosiki/m_111111nara04-75a0d.jpg" width="210" height="350" border="0" align="" alt="111111nara04.jpg" onclick="location.href = 'http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_111111nara04-75a0d.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />
<br />
<br />
<br />
<br />
正倉院展を出てからは、いつもの、あの道は名前があるのでしょうか、<br />
博物館の敷地内の、まっすぐ行けば興福寺の東金堂と五重塔の間に出る道を戻ります。<br />
去年は、春（2010年3月）に新装開館したばかりだったせいか、<br />
かなり並んでいたのでやめておいた、国宝館ですが、今年はすぐに入れそうだったので、<br />
途中で抜け道の様なところを右に折れて行ってみます。<br />
子供には「阿修羅に会えるよ！」と言うと、少しばかり興味を示しました。<br />
<br />
<br />
ここの「リニューアル」も、気になって気になって仕方ありませんでした。<br />
報道で見る限り、あまりに阿修羅中心になってしまっている様で・・・<br />
どれほどの様変わりかとおそるおそる足を踏み入れたのですが、<br />
ここでもまた、浅はかな想像に恥じ入る嬉しい結果に。<br />
入り口も動線もそんなには変わっていないのですね。<br />
何より、あの大きな千手観音像が動いていなかったのでほっとしました。<br />
かつて目線より下に置かれていたことがあった気がする山田寺仏頭も、<br />
居場所を与えられて温かく上を向いていました。<br />
<br />
並ばずに入れた割にはやはり中はごった返しで、<br />
最後の部屋に、千手観音と向き合う様に一列に並ぶ八部衆とは、<br />
そんなにゆっくり対峙することは叶いませんでした。<br />
けれど、狭いけれど落ち着いた場所に立つ姿は、安心しているかに見えました。<br />
五部浄だけケースの中で、あの像は光の加減で本当に表情が変わりますが、<br />
今回は、とても思慮深い目をしていました。<br />
何を考えていたのでしょうね。<br />
<br />
ちなみに子供は、阿修羅をこれまた憤怒の強烈な像と想像していた様で、<br />
案に相違した（彼と変わらぬ）子供の様な姿だったため、またしても拍子抜けした様子。<br />
本尊千手観音像のほうを気に入っていたようです。<br />
<br />
<br />
国宝館を出て、興福寺境内を歩きます。<br />
大きな覆い屋に包まれて、中金堂の再建が進められています。<br />
中からは、耳を裂く重機ではなく、木を打つ槌の音が心地良く響いていました。<br />
たまたまそういう工程にあたっただけかもしれません。<br />
でも、なんとはなしに、ゆかしく感じました。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
宿泊は久しぶりに、奈良ロイヤルホテル。<br />
<a href="http://www.nara-royal.co.jp/" target="_blank">http://www.nara-royal.co.jp/</a><br />
いい加減ユース・ホステル卒業の年齢になった頃、<br />
ホテルなのに天然温泉（大浴場）があるという理由で選んでみました。<br />
平城宮に一番近いホテル、という売り込みですが、今回は窓からの展望のない部屋。<br />
そのお詫びにと、テーブルの上にたくさんのキャンディが置かれていました。<br />
なんでもないことで、なんでもないものですが、なんとなく嬉しいものです。<br />
<br />
ここは団体さんを見かけたことがないのも、たまたまかもしれませんが個人客には気が楽です。<br />
スタッフの皆様親しみやすくて、私の様ないかにもお金のない旅行客、<br />
しかも子連れ、などにもあたりが柔らかで居心地がよいのです。<br />
それから、朝のバイキングが予想外に美味しかった＾＾<br />
古い建物らしくオートロックではなく、部屋着も昔ながらの帯をしめる浴衣で、<br />
今風のホテルに慣れた若い方には不便なのかもしれませんが。<br />
<br />
（このホテル、私が利用していなかった間に、<br />
会社更生法をうけて自主再建なさっていたようです。<br />
読んでいるとドキドキしますが、よければどうぞ。<br />
<a href="http://www.nara-royal.co.jp/story/" target="_blank">http://www.nara-royal.co.jp/story/</a>）<br />
<a name="more"></a>]]></description>
      <author>まるさ</author>
          </item>
        <item>
      <title>2011年奈良（１）－東大寺</title>
      <link>http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/2011-11-13</link>
      <category>寺・仏像など</category>
      <pubDate>Sun, 13 Nov 2011 17:34:58 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/2011-11-13</guid>  
      <description><![CDATA[去年、物心ついてはじめての奈良を、<br />
<br />
元興寺の天井裏見学<br />
<a href="http://msrusano.blog.so-net.ne.jp/2010-11-06" target="_blank">http://msrusano.blog.so-net.ne.jp/2010-11-06</a><br />
<br />
という、お寺仏像好きにしても極めて地味な体験で飾った小六の息子。<br />
今年の奈良も連れて行くことにしたので、今回はせめてお友達に話せる場所へと、<br />
まず東大寺へ向かいました。<br />
<br />
秋に２５年以上通って去年がはじめての本格的雨の奈良でしたが、<br />
今年もまた、雨模様。<br />
息子が雨男なのは決定したようです。<br />
登大路の緩やかな坂道を、既に飽きた疲れた帰りたいを連呼する子供をなだめつつ、<br />
鹿にせんべいをやらせたりなどしながらゆっくり登りきり、<br />
若草山を遠望する参道を左手に曲がると、もうすぐそこに、ゆったりと大きな南大門。<br />
この頃からいよいよ雨粒も落ちてきて、息子の不機嫌が一層つのり、<br />
せっかく習いたての「運慶・快慶」の仁王像だと教えても、<br />
見る気がまったくない様子。<br />
困ったものです。<br />
<br />
ちなみに、かつては、右の口を閉じた吽形が運慶、左の口を開けた阿形が快慶、と、<br />
子供に教えやすかったのですが、昭和から平成にかけての解体修理で発見された納入品や墨書から、<br />
そんな簡単なものではないとわかり、私などではよく理解も叶わないので、<br />
とにかく「運慶・快慶が作った像」と説明するしかなかったことを白状しておきます。<br />
<br />
<br />
門を越えてすぐ、左手に、気になっていた東大寺ミュージアム。<br />
（東大寺総合文化センター　<a href="http://culturecenter.todaiji.or.jp/" target="_blank">http://culturecenter.todaiji.or.jp/</a>　）<br />
今年１０月１０日に新規開館したばかりの、寺宝などの展示施設です。<br />
あの境内にコンクリ造りの「ミュージアム」とはどんな殺伐とした風景になっているのかと、<br />
密かに心を痛めていたのですが、一目拝見してすぐ、<br />
一観光客の浅はかな心配を恥じました。<br />
<br />
木立に見え隠れしたのは正倉院正倉や、唐招提寺金堂を思い出させる、<br />
低くておおらかな、寄棟造の屋根。<br />
柱も壁も雨の境内に溶け込む様で、違和感がないどころか、<br />
うっかりすれば大きな寺院によくある塔中や会館と思って気づかず通り過ぎそうです。<br />
図書館や収蔵庫、研究施設も備わっているそうなので、<br />
全体がどんな造りになっているのかはわかりませんが、少なくとも、<br />
参道から眺めるには、気持ちの良い風景でした。<br />
<br />
早速中へ。<br />
予想外にこじんまりした空間。<br />
ほの暗い中、ＬＥＤの光と反射のおさえられたガラスに守られて、<br />
まず目をひくのは誕生釈迦仏立像及び灌仏盤。<br />
小さなお釈迦さま像が、大きな平鉢の中で右手を上げてにっこり立っているあれです。<br />
それから、直径６センチほどの銀製鍍金狩猟文小壺。<br />
これは東大寺金堂鎮壇具のうちのひとつです。<br />
この２つの展示は、去年東博の「東大寺大仏」展にも来ていて、<br />
やはり照明が工夫されていましたが、その時よりよほど良く線刻が見えます。<br />
賑わっているとはいえ、東博の混雑とは比較しようのない人の少なさもありがたいです。<br />
<br />
ここに並ぶ一連の鎮壇具の中に、<br />
「熟年の男性的な歯との所見がある」（カタログより）人の歯が一本あり、<br />
これが聖武天皇のものかもしれないと言われてもいることを他の方のブログで知りました。<br />
実は、とにかく子供のことを考えて、見たいものだけと思い、<br />
鎮壇具はさらっと流してしまったので、この歯、見ていません。<br />
残念です・・・。<br />
（聖武天皇の御歯であるかもしれない、ということは出典確認していません）<br />
<br />
左の壁に、金堂前に立つあの金銅八角燈籠の火袋羽目板のうち、<br />
昭和３７年に盗難にあって翌日破損した姿で発見された１枚。<br />
バッ子を手に無心に衣をひるがえす音声菩薩の姿を見るにつけ、<br />
昭和３７年という、歴史上で見ればただ今とほぼ同時代に、<br />
盗難・破損などと恥ずかしい行為のあったことが、情けなく申し訳なく思えます。<br />
（バッ子＝バッは、跋の偏が金になった字。ばっし。<br />
金属製の小さな鍋蓋みたいなものを両手に持ち、打ち付けて鳴らす、様に見える打楽器です）<br />
<br />
この第一室にはいずれ昨年わかって話題となった、陽剣、陰剣も加わるそうですが、<br />
今は写真や解説板が置かれています。<br />
他に伎楽面など並んで再奥に西大門勅額。<br />
<br />
<br />
次の第二室、いよいよ、不空羂索観音立像と、日光菩薩立像、月光菩薩立像です。<br />
新聞の報道写真で見た時は、大きな展示ケースの中にきらきらしく立つ姿が、<br />
何かうそ寒い様に寂しく見えたのですが、<br />
ここでもまた、甚だしい思い違いを反省させられる嬉しい結果となりました。<br />
<br />
思っていたよりもずっと身近で小ぶりの展示ケースに立つ３つの像は、<br />
光の加減かずいぶん温かな空間を作り出しています。<br />
宗教とか美術とか、何かそういう枠など超えて、<br />
ただただ、大切にされているという印象です。<br />
そのためでしょうか、あの厳（いかめ）しさで一頭地を抜く不空羂索観音像が、<br />
夢紫五色掲示板の常連さんのご感想にあった、<br />
「方向によっては優しい女性のお顔にも見え」たというのを、<br />
そんなばかなと訝っていたのが、実際拝見すると、まさに女性的、<br />
ひどくたおやかに見えたので、我が目を疑いました。<br />
<br />
三月堂では光背と宝冠に荘厳され、古い空間の中、最大の威厳を示し続けていたのが、<br />
このミュージアムでは控え室に戻った様に、化粧を落とし、ほっと気を緩めているのでしょうか。<br />
最も男性的と思っていた像が、化粧（けわい）のすべてを落とせば女性だったという驚き。<br />
６本の腕など四月堂の千手観音像を思い出させる、<br />
うねうねとなまめかしい色気まで感じました。<br />
<br />
総じて展示に不満はなかったのですが、唯一、<br />
この最も主要な不空羂索観音立像の展示ケースが四枚ガラスになっていて、<br />
観音像の正面がガラスの継ぎ目となっていたのが、ひどく気になりました。<br />
反射の少ない綺麗なガラスなだけに、何故こんなことに、と残念です。<br />
中央に一枚ガラスをもってこれなかったのでしょうか・・・と、<br />
ぶつぶつ思っていましたら、これも他の方のブログで「噂話」として見たのですが、<br />
いずれ観音像が修理を終えた三月堂に戻った後には、<br />
ここに（日光・月光とともに）弁才天立像、吉祥天立像が並ぶのではないかとのこと。<br />
なるほど、それなら、４枚ガラスのわけも納得がいきますね。<br />
（出典・噂の出所など調べていません）<br />
<br />
あとは第三室で子供になんとか二月堂本尊光背と弥勒仏坐像（試みの大仏）を見せて、<br />
超特急で外へ出ざるをえませんでした。<br />
秘仏とか、大仏さまのお試し版などという単語には少し興味を示してくれるのですが、<br />
もうこの時点で、他は全然だめでした。<br />
<br />
カタログ表紙は素の不空羂索観音、<br />
<br />
<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9df/musigosiki/111111nara01.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_9df/musigosiki/m_111111nara01.jpg" width="210" height="350" border="0" align="" alt="111111nara01.jpg" onclick="location.href = 'http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_111111nara01.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />
<br />
<br />
裏表紙が後姿だったのが、何故か愛しく感じました。<br />
<br />
<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9df/musigosiki/111111nara02-b589e.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_9df/musigosiki/m_111111nara02-b589e.jpg" width="210" height="350" border="0" align="" alt="111111nara02.jpg" onclick="location.href = 'http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_111111nara02-b589e.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />
<br />
<br />
チケットは大仏殿と共通だと少し安くなります。<br />
<br />
<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9df/musigosiki/111111nara03-8e3df.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_9df/musigosiki/m_111111nara03-8e3df.jpg" width="350" height="210" border="0" align="" alt="111111nara03.jpg" onclick="location.href = 'http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_111111nara03-8e3df.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />
<br />
<br />
☆東大寺ミュージアム開館記念特別展「奈良時代の東大寺」は、<br />
カタログによれば、<br />
2011年10月10日（月・祝）～2013年1月14日（月・祝）になっています。<br />
（途中展示替えあり）<br />
しかし、公式ホームページには終了日の記載がありません。<br />
同時に、東大寺公式ホームページに、三月堂の修理期限が、<br />
2012年12月予定だったところを、須弥壇の予想外の劣化により、<br />
2013年3月末日に延長した旨注意書きがありますので、<br />
何かそのあたりの事情で特別展終了時期にも変化があるのかなと思いました。<br />
訪問をお考えの方はご確認下さい。<br />
<br />
<br />
<br />
外へ出ると雨もしとしと降りになっています。<br />
とにかく大仏を見せれば興味をもってくれるかと、大仏殿へ。<br />
手前の八角燈籠でさっきのミュージアムの話をしますが聞く耳持たず。<br />
その上、あろうことか、大仏殿の中へ入っても、<br />
<br />
「大仏って、どれ？」<br />
<br />
・・・目の前にどーーんと座っているでしょう！と言っても、<br />
<br />
「あの、金色のたくさんいるやつ？」<br />
<br />
そ、それは光背の化仏！！！（大焦）<br />
<br />
どうやら息子にとって大仏とは、黄金のきらきらしいものだったらしく、<br />
現在の大仏の姿はまことに拍子抜けだった様子・・・。<br />
ただ、手前に展示されていた、台座蓮弁の模型には興味を持ったので、<br />
描かれている当時の世界観を説明しようとして・・・<br />
あまりのうろ覚えに涙をのみました、勉強したいと思うのはこんな時ですね。<br />
<br />
<br />
その後実は、二月堂・三月堂方面を断念し、<br />
子供が社会で習って興味を持ったというので正倉院の正倉と、<br />
私が是非見たかったので戒壇院へまわったのですが、<br />
なんと前者は今年から平成２６年まで整備工事のため外構見学中止、<br />
後者は法会のため１０日まで一般拝観中止・・・呆然としました、<br />
きちんと事前に調べるべきですね。<br />
<br />
<br />
☆なお、この正倉院正倉整備工事は、期間中５回の見学会が予定されているそうです。<br />
第一回が、来春、平成２４年３月１６，１７，１８日にあります。<br />
申し込みは往復はがきのみ、締め切りは１２月９日だそうです。<br />
詳細は宮内庁ホームページをご覧になってください。<br />
<br />
<a name="more"></a>]]></description>
      <author>まるさ</author>
          </item>
        <item>
      <title>山田寺、飛鳥寺</title>
      <link>http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/2011-10-23</link>
      <category>寺・仏像など</category>
      <pubDate>Sun, 23 Oct 2011 16:48:15 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/2011-10-23</guid>  
      <description><![CDATA[２０１１年１０月２０日。<br />
子供の修学旅行の一日を使って、日帰りで飛鳥へ。<br />
奈良ではなく、飛鳥へ。<br />
<br />
繰り返し書くにはわけがあります。<br />
毎年、正倉院展にあわせて奈良に入りますが、<br />
飛鳥まで足をのばすことができないまま、<br />
もう何年も何年もたってしまったから。<br />
最後に飛鳥に入ったのはいつだったのか。<br />
<br />
歩いたり、貸し自転車を使ったりしてゆっくりまわっていたのは、<br />
思い出せる限り２５年も前になってしまいました。<br />
もう、歩けず、自転車も恐い年齢と体力になってしまった今、<br />
若い頃、できる無茶をしておいてよかったと、懐かしく思います。<br />
<br />
今年は飛鳥資料館で「飛鳥遺珍－のこされた至宝たち」展があるので、<br />
正倉院展とは別のこの時期に来ることにしたのです。<br />
<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/2011-10-21" target="_blank">この特別展のことは別に書きました</a>。<br />
<br />
まったく知らなかったのですが、この資料館の常設展示の一画に、<br />
復元された山田寺東回廊が鉄枠に支えられてひっそりと佇んでいたので、<br />
非常に驚きました。<br />
念のため確認しましたが（この資料館はレプリカが多いため。笑）実物だそうで！<br />
いつから展示されているのか聞いたら、１０年くらい前ですかねえと、<br />
気乗りのしないお返事。<br />
なでこんなものすごいもの、もっと宣伝しないのか、<br />
いついつこれこれの経緯でここに復元したと勢いこんで教えてくれてもいいものなのに！と、<br />
部外者なのになぜか歯噛みするほど悔しくなりましたが、<br />
飛鳥の地にあればごく当たり前の光景、遺品、騒ぐほどのものではないのかもしれませんね。<br />
<br />
（<a href="http://www.asukanet.gr.jp/ASUKA2/ASUKATERA/tokubetuten_y.html" target="_blank">復元展示は１９９７年が最初のようですね</a>）<br />
<br />
<br />
山田寺東回廊、これが土中から、倒壊した当時の姿そのままで、<br />
連子窓も美しく発見されたのは、１９８２年でした。<br />
他のどんな貴重な遺跡や遺構、古墳の発掘にもまして、<br />
当時の建物がそのままの姿で出てきたことは心を深く刺激し、<br />
新聞やテレビを賑わすその情報に強く憧れて、<br />
学生だったその年の秋、早速山田寺を訪ねました。<br />
<br />
一般公開日でも何でもない時期で、はたして寺域に入れるのかどうかすら、<br />
確認することも思いつかないおぼつかない道行でしたが、<br />
道から普通に続く発掘現場で、そこここのブルーシートの合間に見つけた、<br />
少し深く掘り下げられた四角い穴の中、<br />
底のぬかるみにうずまった遺構を見ることができました。<br />
<br />
それからだいぶして再度訪ねたときは、ただ小さなお堂が残るだけで、<br />
特に遺跡らしきものはなくなっていた・・・と、思っていました。<br />
今回資料館の人も、今ではただ広場になっているだけ、とおっしゃっていました。<br />
<br />
それでも、こんな風に回廊と出会ってしまったので、<br />
呼ばれる様にまた、山田寺へと足を運ぶことに。<br />
<br />
<br />
１０月なかばすぎだというのに、真夏を思わせる暑い午後の日ざしをうけて、<br />
さして遠くないはずですが道の記憶がない不安の中、<br />
へばりかけながらゆるい坂道を登ります。<br />
黄金色に輝く稲穂のたわみと、<br />
それをピンクで縁取る如く濃く薄く咲いたコスモスの明るさに励まされて、<br />
山田寺あちらの標識に沿って小さい村道を曲がると、<br />
かすかな記憶通りの、小さなお堂。<br />
<br />
<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9df/musigosiki/111020ask07-cada4.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_9df/musigosiki/m_111020ask07-cada4.jpg" width="350" height="210" border="0" align="" alt="111020ask07.jpg" onclick="location.href = 'http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_111020ask07-cada4.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />
<br />
光の柱が立ちましたね。<br />
<br />
それから館の方が言ってらした通り、奥には野原が広がって・・・いると思ってよく見たら、<br />
何か遺跡の表示らしきものが遠くに見えます。<br />
<br />
<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9df/musigosiki/111020ask04.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_9df/musigosiki/m_111020ask04.jpg" width="350" height="210" border="0" align="" alt="111020ask04.jpg" onclick="location.href = 'http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_111020ask04.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />
<br />
<br />
それで東側にまわってみると、野原ではなくて、ちゃんと、伽藍の基壇などが復元整備されて、<br />
説明版などもありました。<br />
<br />
<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9df/musigosiki/111020ask05-3755e.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_9df/musigosiki/m_111020ask05-3755e.jpg" width="210" height="350" border="0" align="" alt="111020ask05.jpg" onclick="location.href = 'http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_111020ask05-3755e.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />
<br />
<br />
特に今の本堂の裏側にあたる、おそらく金堂の基壇部分の眺めは、<br />
遠く金剛・葛城のあたりまで見はるかせ、吹く風も切ない郷愁に満ちていました。<br />
<br />
<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9df/musigosiki/111020ask06-968fe.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_9df/musigosiki/m_111020ask06-968fe.jpg" width="350" height="210" border="0" align="" alt="111020ask06.jpg" onclick="location.href = 'http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_111020ask06-968fe.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />
<br />
<br />
人の姿もなく、歩けば草虫がてんでに飛び出す場所でしたが、<br />
下草はよく刈り込まれて誰かの手の存在を濃厚に感じさせます。<br />
臍をかむ思いで命を絶っただろう、遠い昔のこの寺の最初の発願人のこと、<br />
それから随分たって強奪されたまま、今も興福寺にある本尊仏頭のこと、<br />
現代を当たり前に暮らしている私には想像するのも重過ぎる、<br />
連綿と続く人の心の蠢きを、足元の草からも感じる様でした。<br />
<br />
<br />
それからどうしても行っておきたかった、飛鳥寺へ。<br />
地図で見てもわずかな記憶を頼っても、山田寺への道と距離はさほど変わらない、<br />
と思って来た道をてくてく戻りましたが、道路標識に飛鳥大仏３．７キロ、とか、<br />
それくらいの数字を見つけて断念。<br />
タクシーを呼ぶつもりで資料館まで戻ると、ちょうど来た檜隈行きのバスに乗れました。<br />
１時間に１本ほどの様です。<br />
<br />
このバスが、何これどこ通っているの！？と、普通よりはうんと小型のバスですが、<br />
両側の軒がくっつくのではと思う様な狭い道をやたらと曲がりながら進みます。<br />
ご存知の通り、飛鳥は全域が歴史的風土特別保存地区指定で、<br />
厳しい建築規制で通常の住宅が建てられませんから、<br />
まるで御伽草子の様な懐かしい家並みの中をバスが行くのが、<br />
どうにもかえって異次元に迷い込んだ様なおかしな気持ちにさせてくれました。<br />
<br />
<br />
そうして到着した飛鳥寺。<br />
<br />
<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9df/musigosiki/111020ask13-3ba21.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_9df/musigosiki/m_111020ask13-3ba21.jpg" width="350" height="210" border="0" align="" alt="111020ask13.jpg" onclick="location.href = 'http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_111020ask13-3ba21.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />
<br />
<br />
はじめて訪ねた高校の修学旅行の時に比べれば、<br />
本堂も建て替えられ、周囲も綺麗になって驚いた時期もありましたが、<br />
今はやはり、そこだけぽつんと小さく残るお寺、という印象が強いです。<br />
観光客は流石にたくさんいて賑やかでしたが、<br />
みな、ここで何を見ていくのでしょうか。<br />
否、ちゃんと、見ているのでしょうか。<br />
止まっている時を。<br />
続いている歴史を。<br />
<br />
<br />
このお寺は、相変わらず、変わっているなあと思います。<br />
聖にも俗にも傾かず、<br />
権高くもないけれど親しみやすいわけでもない。<br />
のどかな風景の中にあってここだけなんだかせわしなく、<br />
たしかにお寺なのに、お寺らしさを感じない。<br />
不思議は更に続きます。<br />
<br />
まず本堂。<br />
さして大きくないというより、せっかく建て替えてもやっぱり小さなお堂です。<br />
以前より手前の供物の場所の分遠くなった気がしますが、<br />
丈六の仏像では全国でも一番近くで拝観できる一箇所ではないでしょうか。<br />
<br />
そして、風です。<br />
本堂に座ると、いつも、入り口から奥に向かって、風が吹いています。<br />
この日も、外は蒸し暑くこそあれ、風など感じなかったのに、<br />
堂内に座ると、心地良い風がむしろ強く吹き渡っていました。<br />
・・・扇風機？確認してきませんでしたが、<br />
たしか以前訪ねたときも、風が不思議で探してみましたが、<br />
人工的なものはなかったと記憶しています。<br />
誰の心にも、明日香風、という言葉が浮かぶに相応しいお堂です。<br />
<br />
そして一番不思議なのが、おおらかな写真許可と、<br />
時々始まるあまり熱意のこもらない解説でしょうか。<br />
<br />
<br />
昔聞いた話です。<br />
飛鳥寺の釈迦如来像、向かって右からのお顔は、<br />
厳しい、過去。<br />
<br />
<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9df/musigosiki/111020ask08-c59ca.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_9df/musigosiki/m_111020ask08-c59ca.jpg" width="210" height="350" border="0" align="" alt="111020ask08.jpg" onclick="location.href = 'http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_111020ask08-c59ca.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />
<br />
<br />
中央からのお顔は、<br />
平静を保つ、現在。<br />
<br />
<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9df/musigosiki/111020ask09-54616.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_9df/musigosiki/m_111020ask09-54616.jpg" width="210" height="350" border="0" align="" alt="111020ask09.jpg" onclick="location.href = 'http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_111020ask09-54616.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />
<br />
<br />
そして向かって左からのお顔は、<br />
優しい、未来。<br />
<br />
<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9df/musigosiki/111020ask10-f0c4c.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_9df/musigosiki/m_111020ask10-f0c4c.jpg" width="210" height="350" border="0" align="" alt="111020ask10.jpg" onclick="location.href = 'http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_111020ask10-f0c4c.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />
<br />
<br />
堂内を携帯で撮ったので写り具合がよくありませんが、<br />
そんな風に見えるでしょうか？<br />
焼失損壊でほとんどが稚拙ともいえる補修姿、<br />
おそらくわずかに杏仁形の御眼と周辺、御指の一部などだけが往時の姿ではないかと言われ、<br />
お顔も無惨な傷あとばかりのこの像です。<br />
けれど高校生だった私が、天啓ともいえる何かを得た像です。<br />
<br />
<br />
<br />
それからもうひとつ不思議なところ。<br />
建て替えてもやはり、回廊・・・というより普通のお宅の廊下沿いに、<br />
出土品や関係する資料が展示されているところ。<br />
その廊下を歩くとすぐ、小さな中庭があって、そこには南北朝や室町時代の石灯篭などが、<br />
ごちゃっとまとめて置いてあります。<br />
簡単な説明板も見え隠れし、およそ「庭」の風情とは遠いにも関わらず、<br />
なんとはなしに、気に掛かります。<br />
<br />
<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9df/musigosiki/111020ask11-66f72.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_9df/musigosiki/m_111020ask11-66f72.jpg" width="350" height="210" border="0" align="" alt="111020ask11.jpg" onclick="location.href = 'http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_111020ask11-66f72.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />
<br />
<br />
こうして廊下をぐるっとまわって入り口に戻され、<br />
靴を履いてさようなら、なのですが、その手前の樹の葉裏に、<br />
こんな虫の抜け殻が。<br />
ぴんぼけですが。<br />
<br />
<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9df/musigosiki/111020ask12-fa6c3.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_9df/musigosiki/m_111020ask12-fa6c3.jpg" width="350" height="210" border="0" align="" alt="111020ask12.jpg" onclick="location.href = 'http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_111020ask12-fa6c3.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />
<br />
<br />
うといのでセミなのか他の虫なのか、<br />
今の時期にこんな人目につく場所にぶらぶらしているものなのか、<br />
もしかしたらおもちゃなのか・・・<br />
もうさっぱりわかりませんが、<br />
出会ったのは縁。<br />
見過ごすことができなくて・・・。<br />
<br />
<br />
帰りもまた、１時間に１本のバスがあと３分もすれば来るという時間で、<br />
ありがたくそのままバスで近鉄橿原神宮前駅へ。<br />
真新しい黄色い帽子をかぶった小学生がたくさん乗っていて、<br />
三々五々とあちこちのバス停で降りて行きました。<br />
全然関係もないのに、各地から集められた采女に思いを馳せました。<br />
<br />
<br />
<br />
飛鳥に入って、飛鳥を出る時、<br />
耳成・香具・畝傍の大和三山と、<br />
東の三輪山、西の二上山を確認するのを常とします。<br />
今は建物に埋もれ、近鉄の車窓から切れ切れに見えるだけですが、<br />
ここが、飛鳥。ここが大和。<br />
古代の人たちが、常に眺めて暮らしたしるべの山です。<br />
<br />
そうして懐かしい飛鳥は、押し返される様な不思議な拒絶感に満ちていました。<br />
見えない透明なゴム鞠に包まれていて、入っていこうとすればするほど、<br />
気づかぬうちに強い力で押し戻されているような。<br />
苦しいほどの。<br />
どうしてでしょうね。<br />
<br />
もしかしたら。<br />
橿原市から明日香村に入ったとたんに、忽然と現れる、<br />
守られた日本の農村の原風景のあまりの不自然さに、<br />
ジオラマを見ている様な言いようのない気持ちになった、<br />
そのことと関係があるのかもしれません。<br />
<br />
拒絶されても、触れられなくても、<br />
焦がれる思いは変わりません。<br />
親に捨てられた子でも親を恋うように、<br />
やはり私は飛鳥が好きです。<br />
<br />
<br />
<a name="more"></a>]]></description>
      <author>まるさ</author>
          </item>
        <item>
      <title>飛鳥遺珍－のこされた至宝たち－</title>
      <link>http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/2011-10-21</link>
      <category>美術館・博物館</category>
      <pubDate>Fri, 21 Oct 2011 20:43:42 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/2011-10-21</guid>  
      <description><![CDATA[<div style="text-align:right;">飛鳥資料館<BR>
「飛鳥遺珍－のこされた至宝たち－」展<BR>
会期：2011.10.14（金）～11.27（日）<BR>
訪ねた日：2011.10.20<BR>
書いた日：2011.10.21<BR></div><br />
<br />
９月末の新聞で、飛鳥資料館で面白そうな展示があることを知りました。<br />
公式サイトを確認しに行くと、<br />
<br />
「（前略）飛鳥に由来する多くの文化財が、今日、日本各地の博物館や研究所に分散して保管されています。<br />
今回の展覧会は、そうした明日香村外に保管され、普段はまとめてみることはできない飛鳥の至宝ともいうべき文化財のいくつかを一堂に集めて展示しました。（後略）」<br />
<br />
好奇心と郷愁をかきたてられるに充分な惹句です。<br />
いてもたってもいられなくなり、子供が修学旅行に出かけた一日を使って行ってきました。<br />
もちろん日帰りです（笑）。<br />
<br />
ちゃんと飛鳥に入ったのは、いつ以来でしたか・・・。<br />
随分若い頃、近鉄橿原神宮前駅からひとりでてくてく歩いて飛鳥入りしたことがありましたが、<br />
今はとても・・・もはや自転車もやめておいたほうが良い年齢になってしまいました。<br />
かめバスというバスがあると聞いていたので探したのですが、<br />
「運行は○×にお問い合わせを」と時刻がよくわからない謎の記述があり・・・<br />
めんどくさくなったのでタクシーで飛鳥資料館へ。<br />
<br />
その運転手さんがしきりと、あすこはほとんど働いていない、その証拠に門が半分しか開いてない、<br />
中に入ったら本物とレプリカの区別をして見なければいけないなどと（そうでしたね（笑））、<br />
笑い話のように話してくれまして、随分詳しそうでしたが、特別展のことはご存知なかったそうです。<br />
なんとなく危険な予感・・・。<br />
<br />
はたして中に入ると、復元漏刻の模型がどんと展示してありまずが、<br />
館内は閑散。<br />
展示も動線が滅茶苦茶で、常設展示に今回の特別展の展示品が混ざっていたりして、<br />
普段お邪魔しない私には、判別できない有様。<br />
<br />
特に、岡寺の天人文甎（せん）を楽しみに訪ねたのに、<br />
一階にレプリカと、その隣に鳳凰文甎の写真があったので、<br />
一瞬、これだけかと真っ青になりました。<br />
本物の天人文甎は地階にちゃんとあり、その隣には鳳凰文甎のレプリカが並べてありました。<br />
ややこしい・・・一階は常設展示なのでしょうか、<br />
せめてこの期間、本物は地階にと書いてもらえれば・・・。<br />
<br />
更に目玉展示のひとつのはずの「小治田」墨書土器も、<br />
１階の最初の部屋では写真だけの展示、<br />
実物は奥の別の部屋にありました。<br />
<br />
また、カタログの裏表紙に可愛らしいハート形の「坂田寺跡出土水晶」の写真が使ってあったので、<br />
これを見なければと探しにいくと・・・<br />
そもそもが小さいものですが、展示ケースの２枚開きのガラス戸のあわせ目に隠れ、<br />
かつ、「坂田寺出土云々」の展示名カードのすぐ裏側に置かれているため、<br />
ほとんど見えません。<br />
伸び上がってのぞきこめば、透明の物体であることはわかっても、<br />
角度の関係でいびつな丸型になり、ハートの形にはまったく見えませんでした。<br />
なんて残念な・・・。<br />
展示位置を少し動かせばよく見えるはずなのでよほどその場で学芸員さんにお願いしたかったのですが、<br />
モンスター観覧者になる勇気もなくて、アンケートに書いてくるに留めました。<br />
読んでくださるといいのですが・・・とてもとても心残りです。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
なんといいますか、都内の最新設備の整った博物館・美術館の、<br />
設備のみならず手の心の行き届いた展示とは、比べるのも申し訳ない有様です。<br />
かと言って、私の好きなかつての雑然としながらも知識の宝庫としての尊厳のあった、<br />
古い形の博物館とも違う、この寂しさは何なのでしょうか。<br />
随分以前に訪ねたときは、こんな印象はなかったはずなのですが・・・。<br />
<br />
<br />
けれどしかし！<br />
展示品は良いのです。<br />
それから説明板も。<br />
最新の情報なのかどうかまではわかりませんが、<br />
詳細で知識欲を満足させてくれます。<br />
そのためか、いかにも古代史マニアという風情の、<br />
お一人でいらしてる年配の男性が多かったようです。<br />
平日の昼間でしたしね。<br />
<br />
<br />
さて、特別展に来ていた、天人文甎。<br />
なんてほのほのと、柔らかく優しいのでしょう。<br />
ふうわりと天から降り立った天人の、眉のあたりに漂うほっと眠たい様な安堵感まで、<br />
天衣を翻す風とともに伝わってきます。<br />
少女の、抱きしめればほろほろと崩れてしまいそうな、<br />
あやうい体の温かささえ、たぷっとした衣越しに感じられます。<br />
どれほど私はこの甎が好きか。<br />
この、焼き物に閉じ込められた天の人のかそけき命が好きか。<br />
たったひとりになってしまっても、誰かに、何かに、永遠に供奉する姿・・・。<br />
<br />
春にサントリー美術館で鳳凰文甎を見ていますから、<br />
久しぶりに満足しました。<br />
ふたつが同時に並んでいるのを見たのは、もしかしたら、<br />
平成８年４月の群馬県立歴史博物館「謎の大寺・飛鳥川原寺　白鳳の仏」<br />
が、最初で最後かもしれません。<br />
ともに岡寺で発掘されながら、今は所蔵を異にするためなかなか並んで見ることはできない様ですが、<br />
約４０センチ四方のこの甎仏で荘厳されていた床かあるいは須弥壇の腰などを、<br />
遥かに想像するのは楽しいことです。<br />
<br />
<br />
それから、古宮遺跡出土金銅四環壺。<br />
古宮（ふるみや）遺跡は雷丘の反対側、飛鳥川の西岸にある遺跡だそうですが、<br />
そこから明治時代、田仕事の最中に掘り出されて宮内庁お買い上げとなった、<br />
最大直径４０センチを越える堂々とした金銅の壺です。<br />
見たときは、さすが宮内庁、と舌を巻きました。<br />
もちろん、お買い上げだから素晴らしいという意味ではさらさらなく、<br />
やはり、良いものを買っていくのだなあとしみじみ思ったわけです。<br />
<br />
張りのある豊かな丸みはぽんぽんと跳ねそうなほどで、<br />
写真ではなく是非実物で確認してほしい逸品です。<br />
更に、肉眼ではほとんど錆で見えなくて残念ですが、<br />
ところどころ垣間見える線刻の素晴らしさときたら、<br />
全体が判明したらどれほどかと。<br />
置かれているだけで、空気が清浄になるかと思うほどの、<br />
香気漂うものでした。<br />
<br />
胴部分に大きく大小対の鳳凰が２組あしらわれているそうで、<br />
壁にその一部の線画が提示されていたのですが、これまた不親切で、<br />
壺のどの面、どの部分にそれがあるのか、わからない。<br />
周囲をくまなく眺めつくしてきましたが、とうとう、鳳凰の一部も見つけられず終いでした。<br />
<br />
実は、そばにいた警備員のおじさまに聞いてみたら、<br />
ニコニコと「ここらへんにあるって聞いてるよ」と指し示して教えて下さったのですが、<br />
それは、壺の展示からいくと、真裏で・・・ほんとかなと思いつつも特にじっくり見てみましたが、<br />
裏なので逆光になり、全然見えませんでした。<br />
<br />
<br />
そして、法隆寺献納宝物から、<br />
台座背面に「山田殿像」の銘のある１４４号、阿弥陀如来および両脇侍像と、<br />
台座の蓮弁に檜隈寺の軒丸瓦と同様の火炎紋のある１４９号、如来立像。<br />
東博法隆寺宝物館でいつでも会える２組ですが、この記述を見れば、<br />
今、飛鳥の地で見える（まみえる）意味の重さが、心に迫ってきます。<br />
<br />
「約９３０年ぶりの里帰り」<br />
<br />
法隆寺献納宝物は明治１１年（１８７８）、法隆寺から皇室に献納されたものが母体です。<br />
そして法隆寺には、承暦２年（１０７８）、橘寺から４９体の金銅仏が移入されています。、<br />
つまり、現在の献納宝物の中には、９３０年ほど前に橘寺から移入されたものが含まれている可能性があるわけで、<br />
今回選ばれた１４４号と１４９号は、言うまでもなくその可能性の高い２組です。<br />
<br />
なので解説文の全文は、<br />
「今回の資料が橘寺由来のものであれば、承暦二年以来、約９３０年ぶりの里帰りとなる」<br />
です。<br />
それでもやはり、見慣れたはずの２組の像に、<br />
ひさしぶりの飛鳥は、どうですか？変わってしまったでしょう、<br />
それとも、東京よりは、往時の面影が残っていますか？<br />
など、人に聞かれでもしたら気が触れたと思われかねない会話を、<br />
頭の中でずっとし続けていました。<br />
<br />
<br />
展示は他にも、高松塚古墳、キトラ古墳、石舞台古墳、牽牛子塚古墳、他各遺跡出土品など、<br />
古代史好きにはたまらないものです。<br />
会期中無休ですが、石神遺跡出土具注歴木簡と飛鳥池工房遺跡出土「天皇」木簡のみ、<br />
１１／３（水）～１３（日）の展示で、その他の期間はレプリカですのでご注意下さい。<br />
<br />
<br />
飛鳥資料館、かめ石レプリカ越しに。<br />
<br />
<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9df/musigosiki/111020ask02-9ffc2.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_9df/musigosiki/m_111020ask02-9ffc2.jpg" width="350" height="210" border="0" align="" alt="111020ask02.jpg" onclick="location.href = 'http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_111020ask02-9ffc2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />
<br />
<br />
今回特別展、入り口の看板。<br />
<br />
<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9df/musigosiki/111020ask03.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_9df/musigosiki/m_111020ask03.jpg" width="210" height="350" border="0" align="" alt="111020ask03.jpg" onclick="location.href = 'http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_111020ask03.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />
<br />
<br />
なおなお、常設展示に予想外のものがあって嬉しかったりしたので、<br />
飛鳥での半日とともに、後日また書きたいと思っています。<br />
<a name="more"></a>]]></description>
      <author>まるさ</author>
          </item>
        <item>
      <title>円空こころを刻む</title>
      <link>http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/2011-10-14</link>
      <category>美術館・博物館</category>
      <pubDate>Fri, 14 Oct 2011 18:29:38 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/2011-10-14</guid>  
      <description><![CDATA[<div style="text-align:right;">埼玉県立歴史と民俗の博物館<BR>
「円空こころを刻む－埼玉の諸像を中心に」展<BR>
会期：2011.10.8（土）～11.27（日）<BR>
訪ねた日：2011.10.14<BR>
書いた日：2011.10.14<BR></div><br />
<br />
なんとなく無性に博物館へ行きたくなり、<br />
都内まで出るのは無理なので地元の博物館へ行ってきました。<br />
円空仏展をやっていました。<br />
<br />
<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9df/musigosiki/111014enku02-d1210.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_9df/musigosiki/m_111014enku02-d1210.jpg" width="350" height="210" border="0" align="" alt="111014enku02.jpg" onclick="location.href = 'http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_111014enku02-d1210.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />
<br />
<br />
<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9df/musigosiki/111014enku01.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_9df/musigosiki/m_111014enku01.jpg" width="210" height="350" border="0" align="" alt="111014enku01.jpg" onclick="location.href = 'http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_111014enku01.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />
<br />
<br />
<br />
あとで調べたらぴったり<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/2010-10-14" target="_blank">１年前に「埼玉の古代寺院」展に行っていたので</a>、<br />
この季節、何か呼ばれるものがあったのかもしれません。<br />
<br />
<br />
さて、円空仏。<br />
かつては、ザクザクとナタを入れただけの「荒い」作品、<br />
発願１２万体の完成のためにはいた仕方ない「雑な」完成、<br />
そういう印象をもっていました。<br />
その荒削りさが素朴で、原木の味わいを残して良いのだろうと。<br />
<br />
なのに今日見に行くと、大小あわせて１７０体ほどのそのどの像も、<br />
みなとても手が込んでいるように見えました。<br />
いえ、もちろん、天平仏の様な、<br />
近代的な美意識をも満足させ得るものとは違います。<br />
木の中の仏をどうえぐり出すかと考えに考え抜いて、やがて違うことなくノミを入れた、<br />
その作業が見せる不思議な手の込み様を感じたのです。<br />
まさに「こころを刻む」ものでした。<br />
<br />
<br />
かつて、稚拙な顔の彫り、均衡や安定感を無視した体躯、<br />
ささくれた様なノミあと。<br />
それが親しみやすくて人気なのだろうと・・・<br />
どうして私は、ずっとそう思っていたのでしょうか。<br />
<br />
軽やかに刻まれた顔の線はそれだけで神がかり、<br />
流れる様な縦の線、それを力強く支える横の線で明快に構成された体は、<br />
そのままなにものかの魂を内包しているとしか見えませんでした。<br />
そしてなんと艶やかなノミの跡！<br />
<br />
あまりに印象が違うので、ここ埼玉に残る円空仏は特殊な時期のものなのかと、<br />
ふと疑って帰宅してから調べてみましたが、<br />
少なくとも２００６年東博の「仏像　一木にこめられた祈り」で見たものと、<br />
同じ作品が幾点もありました。<br />
すると、私自身が変化したということでしょうか。<br />
少しずつ、ちゃんと生きてきた証左であればいいと思いました。<br />
<br />
<br />
現在に残る円空仏といえば、岐阜や愛知が有名だそうですね。<br />
埼玉は実はその２県についで、数多く所在が確認されている県なのだそうです。<br />
でもそのほとんどが、在所の小さなお寺やお堂、そして個人蔵。<br />
お家の仏壇の横に大事に置かれていたりするそうで、<br />
もちろん常時は非公開です。<br />
<br />
それが、このたび埼玉県立歴史と民俗の博物館（旧埼玉県立博物館）の、<br />
開館４０周年を迎える節目として、県内諸所の協力で集められたそうです。<br />
もちろん他県から出陳のものも多くありました。<br />
展示は背面の見えるものもあり、板目や原木そのままの背がわかるなど、<br />
１７０点という数とともに、大変おもしろいものとなっています。<br />
<br />
<br />
私が気になったのは、<br />
頭上面がどう数えても１２ある「十一面観音菩薩坐像」と、<br />
かつて子供の遊び道具だったため表面が摩滅してしまったという観音菩薩立像と菩薩形立像。<br />
前者はお面の数の不思議とともに、お顔がとても可愛らしいのです。<br />
後者はそのいわれの面白さと、それが高さ１メートル前後ある大きなもので、<br />
これを子供たちがどう遊んでいたのか、非常に気になったのでした。<br />
<br />
それからカラスのクチバシの様な三角形の顔面が印象的な各種神像。<br />
名前は護法神像、稲荷神立像、秋葉大権現、迦楼羅神立像など異なっていましたが、<br />
なんとなく同じ雰囲気を感じます。<br />
禍々しいもの、禍々しいものへの畏怖、そして禍々しいものの調伏、<br />
三者をひとつの身で表現したような雰囲気でした。<br />
<br />
<br />
なお、１６３２年美濃国に生まれ、１６９５年に亡くなったといわれている円空が、<br />
生涯のいつの時期に埼玉に来てこれらの作品を遺していったのか、<br />
紀念銘入りの作品も、資料も伝聞も残らないためほぼわからないと言って良いそうです。<br />
ただ、県東部、日光街道近辺に多く確認されていることから、<br />
日光での活動との関わりが考えられているのだそうです。<br />
<br />
<a name="more"></a>]]></description>
      <author>まるさ</author>
          </item>
        <item>
      <title>空海と密教美術展</title>
      <link>http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/2011-09-10</link>
      <category>美術館・博物館</category>
      <pubDate>Sat, 10 Sep 2011 13:39:22 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/2011-09-10</guid>  
      <description><![CDATA[<div style="text-align:right;">東京国立博物館<BR>
「空海と密教美術」展<BR>
会期：2011.7.20（水）～9.25（日）<BR>
訪ねた日：2011.9.9<BR>
書いた日：2011.9.10<BR></div><br />
<br />
夏休みの間は動けなかったので、会期終了も近くなった昨日、<br />
やっと訪ねてきました。<br />
あまり前もって情報を得てはいなかったのですが、<br />
東寺の立体曼荼羅が再現されるのと、<br />
兜跋毘沙門天がやはり凄いというのを聞いて、<br />
期待半分、不安半分で足を踏み入れました。<br />
<br />
金曜日の１０時すぎに到着すると、並ばずに入館はできましたが、<br />
中が混雑していてまず第二会場へと誘導されました。<br />
しかし、入り口の階段を上がってすぐ右手に垣間見えたのは、<br />
彼の帝釈天の涼しげなお顔！<br />
引き寄せられる様にその部屋に入るのに何の躊躇がいりましょうか。<br />
落ち着いて確認するとそこは最後の部屋だったので、<br />
見事に逆走したわけですが・・・会場の方、すみません。<br />
でも、お陰でまだそんなに混雑しないうちに、<br />
東寺（教王護国寺）講堂の立体曼荼羅を堪能できました。<br />
<br />
最近の東博の展示の例にもれず、<br />
緩やかに傾斜するスロープを利用して、<br />
部屋に入った者はまず遠目に全体像を把握、<br />
その後スロープを降りきって、各像を間近で拝観できる、<br />
という会場構成になっています。<br />
来ていたのは、<br />
<br />
手前中央に、降三世明王立像　と　金剛法菩薩坐像、<br />
その奥に、大威徳明王騎牛像　と　金剛業菩薩坐像、<br />
手前左右に、増長天立像　と　持国天立像、<br />
奥の左右に、帝釈天騎象像　と　梵天坐像。<br />
<br />
計８体です。<br />
もちろんすべて承和６年（８３９）作、国宝指定。<br />
（講堂の２１体の中には江戸時代の新補像もあります）<br />
<br />
東寺講堂では、狭い堂内に２１体もの像がひしめき、<br />
初めて足を踏み入れた時の異様に濃密な空間への怖れを伴った驚愕が、<br />
その後何度訪ねても変わらず続いたものです。<br />
さすがに、東博では、照度を落とし雰囲気のある演出を手がけているとはいえ、<br />
１体１体を充分に離して展示し、また、近年非常に進歩したと思える照明効果も相俟って、<br />
あのおどろおどろした「何かがある」としか表現のできない空間は、<br />
微塵も感じることは出来ませんでした。<br />
けれど、その分、像そのものの素晴らしさはとても良く伝わってきます。<br />
<br />
降三世明王、背後にまわると、輪形の光背からちょうど後頭部の御顔が覗いていて、<br />
まるで梟首の様で凄まじかったです。<br />
<br />
持国天、解説板に、最も怖い形相の四天王像、というような記述がありましたが、<br />
像の前を通ると、舌なめずりするその舌がぬらりと光るかの様な口の表現など、<br />
思わずぎょっとして声を上げそうになります。<br />
「最も怖い形相」の評に違わぬ素晴らしさでした。<br />
<br />
増長天、非常に優雅に身を揺らして首を左にまわす姿は品の良い威厳に満ち、<br />
動きそのものから得難い徳の高さ感じました。<br />
<br />
そして帝釈天。<br />
良いお顔です。<br />
他の像に比べると、粘りつく様な濃い「気」とでもいうものを感じなくて、<br />
その分、すっと心に近づきやすいと思うのですが、もしかしたら、<br />
「頭部がすべて後補のもの」のためなのでしょうか（『もっと知りたい東寺の仏たち』東京美術）。<br />
それにしても、良いお顔です。<br />
生きていくことに手を煩わされずにすむ貴人というのは、<br />
このようなお顔をしているのではないか・・・と思わせられます。<br />
いくら見ていても飽きませんでした。<br />
<br />
この帝釈天、乗っている象の脚の表現が面白いです。<br />
そもそもが短脚なところに、皮がたるみにたるんで地面につきそうです。<br />
瀟洒な帝釈天が乗るにしては、土臭い。<br />
<br />
また、足元でいえば、降三世明王の踏みつける二人、<br />
ヒンドゥー教の最高神の一人シヴァ神とその妃ウマだそうですが、<br />
自分を夫もろとも容赦なく踏みつける降三世明王の右足に、<br />
ウマの左手がとてもとても優しく触れているのが妙に印象的。<br />
何か意味があるのでしょうか。<br />
<br />
<br />
<br />
さて、一室の感想だけで長くなってしまいました。<br />
次は、今回のもうひとつの目的、兜跋毘沙門天立像。<br />
いつの年の秋でしたか、何心なく立ち寄った東寺で出会ったこの像。<br />
その緊密な表現に一目で心を奪われました。<br />
何ですかこの、光さえ閉じ込めて放さないというブラックホールの様な、<br />
形ある物も形無き思いも総てをぎゅっと凝縮して固めたかに見える密度感は。<br />
元は羅城門に置かれて外敵退散を求められていたという伝があるそうですが、<br />
寄せ来る総ての厄災を、身一つに受け入れ閉じ込め続けた果ての姿なのでしょうか。<br />
<br />
その、最初の邂逅は、表現上「カビが生えた様な」と書くと一番よく伝わる、<br />
古めかしく雑多な展示室の一室に無造作に置かれていて、<br />
案内の小さな紙きれをよくよく見たら国宝指定だったのでびっくりした、という思い出深いものでした。<br />
今回は程よい演出と照明で、暗い室内に鮮やかに浮かび上がったお姿との再会です。<br />
凄いです。<br />
いっそ凄絶と表現したくなる密度の濃さです。<br />
<br />
特徴的と言われる西域式の武装束、金鎖の編みこみや蝦の様な手甲の表現は、<br />
緊密すぎてもう、毘沙門天の身と一体になり、決して着脱できないに違いありません。<br />
さながら蛇の鱗を持つように。<br />
長いその甲冑の下には、どうしたことか、<br />
今の世なら「少女趣味」と評されるに違いない甘やかな裳すそが、<br />
これでもかと言わんばかりにふりふりひらひらと覗いています。<br />
<br />
お顔はというと、ひん剥いたギョロ目の視点はあわず、<br />
上歯をむき出した口元は中途半端に小さく、怒っているよりは当惑した体。<br />
鼻上の大きなしわだけがよく目立つという、<br />
異形じみたあまり好まれるものではないかもしれません。<br />
<br />
だけどというより、だからと言ったほうがいいのでしょうか。<br />
胸元高くにくびれた腰から、大きな下半身がゆっくりくねる立ち姿には、<br />
人たる身には決して手の届かない異次元感が漂って魅惑的なのです。<br />
<br />
<br />
さてこの「空海と密教美術」展ですが、<br />
ひと通りまわって気づいたのはほとんどが国宝か重文。<br />
仏像だけでも、仁和寺の阿弥陀如来および両脇侍像、<br />
醍醐寺の薬師如来および両脇侍像など、とても都内で拝観できるとは思えない像が並び、<br />
風信帖はじめ現存する空海直筆の書５件が出るなど、<br />
とても書ききれないので、感想はたった二点だけでお終いにしますが、<br />
見応えという意味ではこれ以上ない極上の展覧会です。<br />
昨今はＨＰのみならず公式ツイッターも配信されているのを会場で知り、<br />
帰宅後フォローを入れてみると、<br />
<br />
「「空海と密教美術」展、ポスターには国宝・重要文化財９８．９％となっていますが、<br />
展示替えにより現在は１００％となっています。貴重な密教美術の数々をぜひご覧ください」<br />
（９／４）<br />
<br />
というツイートを見つけました。<br />
凄いことです！<br />
展示替えはこの後も行われるのでずっとこうではないかもしれませんが、<br />
とにかく凄すぎます。<br />
終了まであまり時間はありませんが、とてもおすすめの展覧会です。<br />
<br />
<br />
最後に追伸的に・・・。<br />
夏前に入り口の門入ってすぐの露天に置かれていてびっくりした、<br />
大震災の文化財レスキュー義援金募金箱、<br />
今回は平成館の出口にひっそり置かれていました。<br />
<br />
<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9df/musigosiki/110909tohaku.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_9df/musigosiki/m_110909tohaku.jpg" width="210" height="350" border="0" align="" alt="110909tohaku.jpg" onclick="location.href = 'http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_110909tohaku.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />
<br />
<br />
春からずっと、上京するときは地震の可能性を改めて頭に入れてでかけますが、<br />
今回など、立体曼荼羅の最中にいるとき、もし今大地震がきたら・・・と考えると、<br />
人命の何より最優先は当然でありながら、<br />
それでもやはり、私ごときの命ひとつと、<br />
ここに並ぶ像とで、どちらが優先されるべきなのか、<br />
考えてしまいました。<br />
どのみちあと５０年もつかどうかのどこにでもある命と、<br />
１０００年を越えて守り伝えられてきた唯一の物と。<br />
永遠の課題です。<br />
<br />
<a name="more"></a>]]></description>
      <author>まるさ</author>
          </item>
        <item>
      <title>鳳凰と獅子</title>
      <link>http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/2011-07-04</link>
      <category>美術館・博物館</category>
      <pubDate>Mon, 04 Jul 2011 15:03:45 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/2011-07-04</guid>  
      <description><![CDATA[<div style="text-align:right;">サントリー美術館<BR>
「不滅のシンボル　鳳凰と獅子」<BR>
会期：2011.6.8（水）～7.24（日）<BR>
訪ねた日：2011.6.15<BR>
書いた日：2011.7.4<BR></div><br />
開館５０周年記念「美を結ぶ。美をひらく。」 の２つめの展覧会です。<br />
鳳凰と獅子、どちらも富、力を含めた高貴の瑞祥として、<br />
古代から日本人の生活に取り込まれてきた、いわば見慣れた意匠。<br />
どんな展示になるのか見当もつかず、さして惹かれもしませんでしたが、<br />
鳳凰文磚（セン）が出ると知って、飛んで行ってきました。<br />
<br />
会場入り口すぐに展示されていた鳳凰文磚。<br />
やはりこれは、抜きん出た魅力があります。<br />
約４０センチ四方で厚みが８センチ、<br />
どっしりと存在感のある磚は、一般に「タイル」と解説される印象より、<br />
よほど大きくて重厚です。<br />
薄い浮き彫りで刻まれた一羽の鳳凰は向かって右を向き、<br />
優しい弧を描いて上方に開いた両の羽根は可愛らしく、<br />
その羽根と円を作る様に跳ね上げた丸い尾羽根とで、<br />
微笑をたたえた雄大で完全な世界を作っている様に感じるのです。<br />
<br />
それなのに、これは、一つの美術品、または一個の信仰の対象として作られたものではなく。<br />
<br />
現在南法華時所蔵だそうですが、もとは岡寺での発掘品。<br />
対の様に存在する優美な天人文磚とともに、仏院の床か、むしろ須弥壇の腰などに、<br />
「タイル」として装飾されてずらずらと並んでいたはずです。<br />
壊れ残ったたった一枚がこんなに完全なのに、更にそれらが集合して構成された空間とは、<br />
どんな間だったのでしょうか。<br />
<br />
<br />
さて、目的のものを見た後は展示品をざっと・・・と思ったら、<br />
予想外に面白く、ひとつひとつ足を留めさせられるだけでなく、<br />
全体の構成がとても魅力的でした。<br />
まずおおざっぱに、鳳凰も獅子も、<br />
古代は神性の中に愛らしくも見える親しみやすさが含まれ、<br />
時代が下るにつれて研ぎ澄まされた造形美に神々しさをまとっていくものの、<br />
江戸半ばをすぎると急激に下卑たものになる、と。<br />
ものすごく直感的な個人の感想です、嘲笑覚悟です。<br />
<br />
もともと想像の鳥鳳凰はともかくとして、伝聞で憧れた獅子のほう、<br />
実物を見ていないが故に神聖化が可能だったものが、<br />
西洋から写実的なライオン図がもたらされたことで、<br />
人間の支配下におこうとして下卑てしまった・・・というようなことを、ふと、<br />
第１１章、蘭学興隆から幕末へ、の一連の獅子図を見て思いました。<br />
写実の図を見て描いたと思われるそれらは、<br />
我々の目から見れば実物にはほど遠いにも関わらず、一様に神性を捨て、<br />
獣性とでもいえる、生臭いものをまとっています。<br />
<br />
それが明治に入り、上野動物園に実物のライオンが来くる頃からは、<br />
竹内栖鳳の大獅子図の様に、写実的でかつ品格溢れるものとなっていくのが、<br />
また面白いと思いました。<br />
<br />
竹内栖鳳、大好きな画家さんです。<br />
この大獅子図は、絹本着色の日本画ですが、<br />
優雅に身を横たえて遠方を望むライオンを、<br />
等身大かそれ以上の大きさでとても写実的に描いたもの。<br />
近づけば剥いた牙がこちらを威嚇しそうで、<br />
触れば少し硬めの毛がふさふさと波打ちそう。<br />
毛の下で脈打つ鼓動とそれにつれて鳴動する筋肉の動きも感じとれる、<br />
そんなおそろしく繊細で写実的な描写であるのに、<br />
何故か口もとにだけ、刷いた様な墨線が施されています。<br />
なくてもいいどころか、これがなければ完璧な写実なのに？と、<br />
前から思っているのですが、なんだかまるで、<br />
本物の獅子を、この墨線で、画として封じ込めている、<br />
そのための護符の様にも思えてきます。<br />
<br />
あと書いておきたいのは、伊藤若冲。<br />
この人は本当に、おかしいです。<br />
狂っているとしか思えません、画に。<br />
三の丸尚蔵館所蔵の「旭日鳳凰図」、<br />
その羽のどの一枚のどの先を見ても行き届いた描き込み様で、<br />
前も書いたことがあるのですが、一人の人間が、画に、<br />
これほどの総てを込められることが、あるのだろうかと、<br />
凡人は立ちすくむしかなくなります。<br />
そして全体を見たときの、胸をわしづかみにされる狂騒感。<br />
<br />
もう一枚、屏風ですが「樹花鳥獣図屏風」。<br />
桝目描、というそうですが、一見モザイク作りの様に、<br />
画全体に方眼をひき、そのひとつひとつを塗りこめていく手法の作品。<br />
白い目地まであって、まさに、昔の風呂場のタイル模様の様に見えるのですが、<br />
総て手描き。<br />
動物尽くし、鳥尽くしといった構図の全体を見れば、<br />
こっくりと一種の温かいふくらみを感じます。<br />
けれど、この気の遠くなる手法！<br />
こんな描き方をする必要が、どこにあったのでしょうか。<br />
そして、見ていると大変近代的に見えてきて、<br />
江戸時代の日本で、ちゃんと受け入れられたのか、<br />
そんなことまで疑問に思えてきます。<br />
<br />
<br />
書けたのは好みの一部だけですが、<br />
時代・場合を網羅して、鳳凰と獅子が日本人の生活に、<br />
心に、どんな形で住み続けてきたか、一覧できる展示となっています。<br />
期間入れ替えがあるので、後半、また訪ねてみたいと思いました。<a name="more"></a>]]></description>
      <author>まるさ</author>
          </item>
        <item>
      <title>川田幹　あすか菩薩</title>
      <link>http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/2011-06-09</link>
      <category>美術館のある街</category>
      <pubDate>Thu, 09 Jun 2011 13:44:22 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/2011-06-09</guid>  
      <description><![CDATA[東博の本館地下のミュージアムショップ。<br />
ここが広くなって、華やかな様々の「グッズ」で溢れかえる様になったのは、<br />
平成館が出来る前でしたか、後でしたか、それとももっと前からでしたか。<br />
とっくに記憶にないのですが、その頃から気になっていた販売品があります。<br />
<br />
川田幹　作<br />
型染め版画<br />
法隆寺献納宝物中四十八体仏シリーズ<br />
<br />
ご本人、あるいは東博でこの様なシリーズ名をお使いになっているわけではありません。<br />
便宜的に表現させて頂きました。<br />
<br />
文化財の写真や意匠を使った文具・アクセサリー・衣類など様々な「グッズ」やレプリカの中にあって、<br />
唯一このシリーズだけが、作者名を出した「作品」で、<br />
しかも四十八体仏を題材にした、版画。<br />
工夫を凝らしたお土産品も楽しいものですが、やはり本物の力はあまりにも峻烈です。<br />
柱に掛けられている菩薩像を一目見るなり、喉から手が出るほど欲しくなる逸品でした。<br />
でも、価格が小さなもので３、４万、横長で大きめの摩耶夫人像などは１０万円を越えます。<br />
とても、買えません。う～ん。<br />
<br />
けれど、私が昔から仏像の中でも最も好きな一体、<br />
１６６番さん（法隆寺献納宝物１６６号）の像が、もしあれば・・・<br />
<br />
期待しつつも半ば不安に思いながら、意を決して係の方にお願いして、<br />
倉庫で作品をすべて見せて頂いたのは、おそらく１０年と少し前のことかと思います。<br />
幸か不幸か、十数点程見せて頂いた中に１６６番さんはおらず、大出費はせずにすみました。<br />
<br />
その後、川田幹さんの作品をネットオークションで探し続け、<br />
２００５年に安価でペラを落札、<br />
当時東京駅の地下にあった（先日訪ねたらお店なくなっていました・・・）、<br />
名前も忘れてしまいましたが画材屋さんで額装してもらったのが、<br />
こちら。<br />
<br />
<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9df/musigosiki/110609kawada03-45589.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_9df/musigosiki/m_110609kawada03-45589.jpg" width="210" height="350" border="0" align="" alt="110609kawada03.jpg" onclick="location.href = 'http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_110609kawada03-45589.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />
<br />
<br />
題名には「法隆寺献納御物金銅仏並楽毅論」とあり、<br />
光明皇后の楽毅論を背景にした、このお姿は・・・１６６番さんに間違いないです。<br />
<br />
<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9df/musigosiki/110609kawada04-e804a.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_9df/musigosiki/m_110609kawada04-e804a.jpg" width="210" height="350" border="0" align="" alt="110609kawada04.jpg" onclick="location.href = 'http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_110609kawada04-e804a.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />
<br />
<br />
オークションで落札する時は、とにかく探しあてた感動と競りあいに夢中だったので、<br />
実は何番の像かは気にもとめていなくて、<br />
宅配で届いて箱を開けてしみじみ眺めてあっ！と思った時の感動は一入でした。<br />
何か見えない力で私のところに来てくれた様で・・・。<br />
<br />
以来、我が家の玄関に大切に飾らせて頂いています。<br />
<br />
<br />
<br />
川田幹（かん）さん、書籍の装画にも多く携わられていますが、<br />
ネットで調べてもなかなか情報が得られず、だいぶたってから、<br />
大正１３年のお生まれ、京都の染織家さんで、型染めという技法の版画を教えていらしたこと、<br />
そしてそのお弟子さんのブログで、<br />
私が東博で作品に出会った頃に鬼籍に入られたことを知りました。<br />
お顔も、どの様な方かも存じ上げないのですが、<br />
憧れ続けた作品の作者様です。<br />
心よりご冥福をお祈りせずにはいられませんでした。<br />
<br />
<br />
その後も、ネットオークションのサーチは続けていますが、<br />
仏画の出品は今に至るまでありません。<br />
何点かの風景画とだるまさんの画はお見かけし、<br />
だるまさんは現在我が家の居間に掛かっています。<br />
もともとどの様な経緯でネットオークションに作品が流れるのかわかりませんが、<br />
亡くなられて時もたてば、かつての様な嬉しい出会いを望むのは無理なのでしょうか。<br />
<br />
そう諦めていたのに。<br />
<br />
先日、<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/2011-06-03" target="_blank">東博の「手塚治虫のブッダ展」</a>に行った折、久々に地下のショップを覗くと、<br />
<br />
<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9df/musigosiki/110609kawada01.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_9df/musigosiki/m_110609kawada01.jpg" width="210" height="350" border="0" align="" alt="110609kawada01.jpg" onclick="location.href = 'http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_110609kawada01.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />
<br />
えっ！？<br />
思わず声をのみました。<br />
今までのシリーズより少し小ぶり、背景も白く簡素ですが、<br />
間違いなく１６６番さん（１６６号）です。<br />
以前見せて頂いた時はなかったのに？と思い、店員さんにお聞きすると、<br />
今年（２０１１）の１月から販売開始されたそうです。<br />
そんなばかな！？<br />
だって、もう亡くなってだいぶたつのに、新作が出るなど、<br />
考えられるでしょうか？<br />
いや、待て待て、先生の遺志を継がれたお弟子さんのお作かも！<br />
<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9df/musigosiki/110609kawada02-2ed53.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_9df/musigosiki/m_110609kawada02-2ed53.jpg" width="210" height="350" border="0" align="" alt="110609kawada02.jpg" onclick="location.href = 'http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_110609kawada02-2ed53.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />
・・・<br />
落款を確認しましたが「幹」と読めます。<br />
えー！？<br />
<br />
<br />
それで、まるで素人で、買えるわけでもなくて恥ずかしい上に、<br />
お忙しそうなところをご迷惑だろうと相当躊躇しましたが、<br />
どうしてもそのままでは帰れずに、つい矢継ぎ早に質問してしまいました。<br />
売り場の方はよくご存知なかった様で、奥から、<br />
私より少しお若いくらいの素敵な女性が出てきてくださいました。<br />
<br />
<br />
川田幹さん、日展の審査をしてらした画家さんで、<br />
東博ミュージアムショップができた当初（４０年ほど前？）の責任者の方と親しく、<br />
その関係で、まだ権利関係がやかましくなかった頃、<br />
お土産品ばかりではなく、きちんとした作品を売りたいということで、<br />
作品制作ををお願いしたのだそうです。<br />
その後「いろいろやかましくなり」この様な形での販売は無理になったのだそう。<br />
それで、溢れる「グッズ」の中で唯一「作品」が扱われているわけと、<br />
何故、この方の作品だけが？という謎が、解けました。<br />
<br />
そして、驚いた｢新作」は、<br />
お恥ずかしながら、と前置きなさりながら、<br />
最近館内の整理点検をしていて、この小ぶりな作品が何枚もあるのを発見したのだと教えて下さいました。<br />
当初の責任者の方も今は亡くなられているので、<br />
いつお預かりしたものかもわからないのだそうですが、<br />
ご遺族にお詫びとお願いをして、今年から販売させて頂いているのだそうです。<br />
なので、摺られたのは川田さんご生前。<br />
間違いなく先生のお作です。<br />
<br />
最後に、一番気になる質問を・・・<br />
このお高いお値段で、売れるものですか？<br />
我ながらなんと失礼なことをと思いましたが、<br />
案に相違して、結構お求めになる方、お問い合わせされる方が多いのだそう。<br />
亡くなった娘さんと同じ名前の如来像と出会い、運命だと思って買われた方とか、<br />
どうにも気になって仕方ないので取り置いてほしいとお電話下さった方など、<br />
私もそうですが、いろいろな思いの集まる作品の様です。<br />
<br />
そんなわけで、１６６番さんはやはりどうしてもそのままにしては帰れず、<br />
私が買わないで誰が買う！の思いで、買わせて頂きました。<br />
ミュージアムショップでクレジットカードが使えたとは・・・ふ・・・。<br />
<br />
<br />
<br />
ところで、この機会にと、その素敵な女性にもうひとつ疑問だったことを聞いてきました。<br />
１，２年前から奥のガラスケースの中に鎮座している、<br />
金銅如来立像の精巧なレプリカ、３５万円。<br />
（法隆寺献納宝物１５３号の像です）<br />
これは、注文すればこの値段で１６６番さんも作って頂けるのでしょうか？（どきどき）<br />
答えは「とんでもない！」でした。<br />
２０体作製したうち、残り販売可能数は１体になっているそうで、<br />
（そんなに買える方がいらしたとは！）<br />
近々更に２０体作製するとのことですが、それを全部売ってやっと収支はとんとんに、<br />
なるかどうか、なのだそうです・・・びっくりしました。<br />
きちんとしたレプリカが、それほどお金のかかるものだったとは・・・。<br />
もし、迷っている方がいらしたら、是非、ご購入下さい。<br />
<br />
ちなみに、４０体を売り切った時点で、<br />
次も作るか、作るとしたらどの像にするか、決めるのだそうです。<br />
１６６番さんを作って頂ける頃には、３５万円くらい貯まって・・・いるといいな。<br />
<br />
<br />
<span style="color:#98FFFF;">ショップの店員さん、主任の女性の方、お忙しいのにすみませんでした、<BR>
ありがとうございました。<BR>
大好きな１６６番さんを作品に遺してくださった川田先生、ありがとうございます。<BR>
大切に飾らせて頂いています。</span><br />
<br />
<br />
ちなみに以前育児ブログの方で書いたことと多少重複しています、<br />
そちらも見てくださった方には失礼しました。<a name="more"></a>]]></description>
      <author>まるさ</author>
          </item>
        <item>
      <title>手塚治虫のブッダ展</title>
      <link>http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/2011-06-03</link>
      <category>美術館・博物館</category>
      <pubDate>Fri, 03 Jun 2011 19:40:16 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/2011-06-03</guid>  
      <description><![CDATA[<div style="text-align:right;">東京国立博物館<BR>
「手塚治虫のブッダ展」<BR>
会期：2011.4.26（火）～6.26（日）<BR>
訪ねた日：2011.6.3<BR>
書いた日：2011.6.3<BR></div><br />
<br />
ブッダ展の前にこちらを・・・。<br />
<br />
<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9df/musigosiki/110603th.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_9df/musigosiki/m_110603th.jpg" width="210" height="350" border="0" align="" alt="110603th.jpg" onclick="location.href = 'http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_110603th.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />
<br />
<br />
東博、門を入ってすぐの、池の手前に設置されていました。<br />
「文化財レスキュー義援金」募金箱。<br />
「東日本大震災により被害を受けた文化財の救援と修復活動」<br />
と書かれているので、我が意を得たりと募金してきました。<br />
今日明日は勿論、この先の人生に途方に暮れた方が大勢悩まれている時に、<br />
古い建物だの何かの絵だの像だの茶碗だの、誰かの昔の手紙だの本だのが、<br />
一体どんな意味を持つのだ！・・・とは思うのですが、<br />
気になっていました。<br />
ずっと。<br />
確実に文化財救援にお役に立つのならば、<br />
喜んで寄付しない選択はありません。<br />
<br />
が、ちょっとこれ・・・寄った写真しか撮ってこなかったので解りにくいですが、<br />
アクリル？の全面透明な募金箱、しかもお金と比較して頂ければわかる様に、<br />
かなり大きなゴミ箱の様に四角いものが、<br />
門を入ってすぐ、つまり露天にドーンと置かれているのです。<br />
有体に言えば、お日様の下で、スケスケのでっかい箱にお金が丸見え。<br />
いたずらに泥棒心を刺激しないかしらと余計な心配とともに、<br />
（門の側で常時係の方がいますし人目もあるので実際は大丈夫と思いますが）<br />
日本人の奥ゆかしい感覚と少しずれている様な感じもしました。<br />
・・・そんなことを感じるのは感性が古いだけかもしれませんけれど。<br />
<br />
<br />
<br />
さて、本題のブッダ展ですが、私は手塚治虫の漫画は好きではありません。<br />
世界観や内容の素晴らしいこととは別に、絵が好きではないというだけですが。<br />
漫画やアニメも仏像と並んで趣味のひとつなのですが、<br />
それだけに、絵が受け入れられないことは、内容がどれほど素晴らしくても、<br />
好きになれないのです。<br />
それでも、この展示を見に行ったのは、深大寺の釈迦如来倚像が来ているから。<br />
（展示目録では「伝釈迦仏倚像」）<br />
<br />
昨秋地元の博物館にお出ましの時に見に行った感想は　<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/2010-10-14" target="_blank">こちら</a>　ですが、<br />
その時は跪いて見上げていたお顔、今回はそのまま素直に見上げる高さです。<br />
ＬＥＤの工夫された照明のお陰か、ほのほのと明るくにこやか。<br />
ご機嫌良く座っていらっしゃる。<br />
一体何をご覧になっているのかと、如来像の視線を追えば、<br />
対面に展示された南北朝時代の出山釈迦立像が、肋骨を浮き立たせた苦行姿で、<br />
よろよろと今にもこちらによろけて歩き出して来そうに立っています。<br />
ご自分の迷走していた頃の姿を微笑ましく見つめていたのですね。<br />
<br />
そう思って横へまわろうとすると、けれど、斜め前方からの表情は、<br />
無関心にやる気を失った、寂しいものだったりします。<br />
この像の不思議に心を惹くのはこういうところ。<br />
ひとつに定まらない表情を持つところです。<br />
真横に立てば、そのお顔は最も尊厳高く、もう、何ものにも捕らわれることのない、<br />
絶対の悟りを、私の様な信仰心のない者にも垣間見せてくれます。<br />
<br />
今回は昭和七年吉田包春作の春日厨子も一緒に来ています。<br />
控えめながら気持ちのこめられた、丁寧な作りであることが、<br />
天井や鳳凰の色絵や金具の毛彫りなどからも伝わってきます。<br />
覗き込めば台座も見えますので、是非。<br />
お寺ではどうしても良く見えないので・・・。<br />
<br />
<br />
その他展示は、手塚治虫の「ブッダ」の原画と、<br />
それを説明する仏教美術の遺品が交互に展示されている、と言えば、<br />
わかりやすいでしょうか。<br />
東博所蔵品を中心に、日本のものとガンダーラ仏が多く、<br />
他はカンボジアの砂岩の仏坐像が他と印象が違っていて目をひきました。<br />
漫画と仏教美術が並んでいて、ほとんど違和感なく思えたのは、<br />
好きではないとはいえ、手塚治虫の作品が素晴らしいものだからなのでしょうね。<br />
仏伝がわかりやすそうだったことに加えて、<br />
架空の登場人物を多く登場させることで、仏陀の時代と仏陀の生き様を描きたかった、という、<br />
手塚氏の言葉を読んで、アニメは見てみたいなと思いました。<br />
・・・ＸJapanの歌も大好きですし。<br />
<br />
<br />
ところでこの展示会場は、特別五室。<br />
本館を入って正面階段の裏にあたる、そんなに広くはない一室です。<br />
高い天井と、二階にあたる部分には壁面に沿って小ぶりの回廊がまわっています。<br />
その高い壁面に、緑の葉影の揺れる演出がされていました。<br />
回廊の欄干に隠した観葉植物の下から照明を当てて、<br />
壁面に葉の影だけをゆらゆらと大きく映しているのです。<br />
その光も青みが強くなったり、黄味がかったりと変化している様でした。<br />
見たことのない２５００年前の仏陀の時代・国の雰囲気と、<br />
この時代この国の「ブッダ」という漫画の雰囲気と、<br />
双方をとても良く表しているようで、心地良い演出でした。<br />
<br />
展示品に集中していれば気づかないでしょうに、<br />
仕組みを確認しようと天井ばかり見上げてうろうろして、<br />
少し不審者に見えたかもしれないと反省しつつ、<br />
訪ねた方には是非、気づいていただきたいので蛇足ですが書いておきます。<a name="more"></a>]]></description>
      <author>まるさ</author>
          </item>
        <item>
      <title>服部早苗　布工芸展</title>
      <link>http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/2011-05-26</link>
      <category>美術館・博物館</category>
      <pubDate>Thu, 26 May 2011 09:30:33 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/2011-05-26</guid>  
      <description><![CDATA[<div style="text-align:right;">大倉集古館<BR>
「服部早苗　布工芸展」<BR>
会期：2011.4.2（土）～5.29（日）<BR>
訪ねた日：2011.5.25<BR>
書いた日：2011.5.26<BR></div><br />
<br />
今年のはじめ、大倉集古館の「煌きの近代」という館蔵名品展に行きました。<br />
その帰りに、ふと目に止まったのが、この写真。<br />
<br />
<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9df/musigosiki/110526ookura03-6cd97.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_9df/musigosiki/m_110526ookura03-6cd97.jpg" width="210" height="350" border="0" align="" alt="110526ookura03.jpg" onclick="location.href = 'http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_110526ookura03-6cd97.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />
<br />
えっ！？<br />
渡岸寺十一面像！？<br />
次回特別展ですって！？<br />
ここに来るの？！そんなはずは・・・？？？<br />
かなり混乱したまま良くよく見れば、<br />
「布」工芸とあります。<br />
布？<br />
更にちゃんと見れば服部早苗さんのお名前が。<br />
パンフレット全容はこちらです。<br />
注目する順番がことごとく通常と逆でしたね。<br />
<br />
<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9df/musigosiki/110526ookura04-f7cbf.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_9df/musigosiki/m_110526ookura04-f7cbf.jpg" width="210" height="350" border="0" align="" alt="110526ookura04.jpg" onclick="location.href = 'http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_110526ookura04-f7cbf.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />
<br />
<br />
服飾工芸作家さんとして、お名前を知るだけで作品を見る機会のなかった方ですが、<br />
一瞬本物の渡岸寺像の写真かと思ったほどのものを「キルト」で作製するとは、<br />
いったい実物はどんなものなのか、知識ゼロなだけに、非常に興味をもちました。<br />
欧米のキルト文化に日本の伝統美を融合させてきた３０余年のお仕事の中で、<br />
５年をかけた新作「仏像シリーズ」の初公開なのだそうです。<br />
<br />
震災後、大きな余震で都内に足止めされたら・・・などと心配すると、<br />
なかなか出かけることも控えていましたが、いよいよ会期終了が近づき、<br />
この機会をのがすわけにもいくまいと、訪ねてきました。<br />
<br />
<br />
独特の雰囲気のある大倉集古館、一階が新作の仏像シリーズの展示です。<br />
キルトの作品はどれも想像よりも大きくて、<br />
縦で１メートル以上と思われるのものが、<br />
中心に仏像、周囲に荘厳とも取れる華麗なあるいは重厚な縁取りを伴って、<br />
あの会場にならぶ様は、気炎渦巻く一種の迫力を感じました。<br />
<br />
室生寺の釈迦如来立像、弥勒菩薩立像から始まって、<br />
その対面には渡岸寺の十一面観音像（表示は向源寺）、<br />
観心寺の如意輪観音像、聖衆来迎寺の日光・月光菩薩像。<br />
奥に室生寺の十二神将、三十三間堂の風神、雷神像など。<br />
<br />
<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9df/musigosiki/110526ookura02-99e34.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_9df/musigosiki/m_110526ookura02-99e34.jpg" width="226" height="340" border="0" align="" alt="110526ookura02.jpg" onclick="location.href = 'http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_110526ookura02-99e34.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />
<br />
＜室生寺釈迦如来立像＞<br />
<br />
<br />
<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9df/musigosiki/110526ookura01.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_9df/musigosiki/m_110526ookura01.jpg" width="237" height="348" border="0" align="" alt="110526ookura01.jpg" onclick="location.href = 'http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_110526ookura01.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />
<br />
＜観心寺如意輪観音菩薩坐像＞<br />
<br />
<br />
<br />
見ればどれも写真の様に実際のお姿そのまま。<br />
近づけば木目や、お顔にやわらかく当たる光まで再現されています。<br />
布だけでいったいどうすればこんなことが？<br />
驚嘆してしばらく見ていたら、もしかしてこれは・・・<br />
そしてパネルの解説を読んで納得しました、<br />
<br />
「奈良の仏像写真家小川光三氏の写真をキャノン（株）の技術で、<br />
布に｢転開」し、綿を入れて立体的に仕上げたもの」（要約）<br />
<br />
だそうです。<br />
なるほど、パッチワークで一から構成したものだと思い込んでしまっていましたが、<br />
違いました、木目や光は写真ならではです。<br />
写真の陰影がキルトの立体感と相俟って、一層の実在感をかもしだしていたわけです。<br />
<br />
それにしても、それだけで確乎とした作品になっているはずの写真を、<br />
わざわざ一旦布に写し、そこに綿を入れてチクチク縫うなど、<br />
お針仕事の苦手な私には地獄の苦痛でしかない気がするのですが、<br />
それを芸術に高め、極めて行く喜びがあるなど、<br />
こうして実際に見てみないとわからないことです。<br />
<br />
<br />
面白いと思ったのは、室生寺の釈迦如来坐像の横顔を切り取った、<br />
色紙より一回り大きいくらいのまったく同じ構図の作品１８点です。<br />
背景、つまりお顔の外側の、写真ならば黒い影だけの部分に、<br />
１点ごとに異なるキルト・・・刺し子で古典的な模様を施してありました。<br />
青海波、七宝、亀甲、麻の葉などなど、<br />
日本人なら必ず目にしたことのある伝統的な意匠。<br />
まったく同じ構図であるのに、キルトの文様によって、確かに受ける印象が随分異なりました。<br />
室生寺の釈迦如来坐像の横顔に、一番似合うと思ったのは、<br />
その中で唯一カタカナの混じった文様名だったのですが、<br />
うっかりしたことに何というのだったか忘れてしまいました・・・<br />
たしか、波とかフェザーといった単語がついた様な気がします。<br />
<br />
<br />
さて、二階には、一転、豪華な「打ち掛シリーズ」と「タペストリー」「陣羽織」、<br />
そしてこちらも代表的な「藍染シリーズ」。<br />
仏像は好きなだけにどうしてもいろいろ考えながら見てしまいますが、<br />
こちらは純粋に綺麗だとか豪華だとか手が込んでいるとか、<br />
見たままに思いましたので、作品そのものも、一層自由に飛躍している様に感じました。<br />
<br />
特に藍染シリーズの「鶴」は、藍染をキルトの伝統的手法で縁取った中に、<br />
真っ白な煌めくサテン地で上から舞い降りる鶴を大きく切り取って表現したもので、<br />
色や布地の対比の鮮やかさがとても印象的で好きな作品でした。<br />
<br />
源氏物語を象徴的に表現した「源氏物語絵巻」、<br />
咲き落ちる藤の花を表した「藤滝」、<br />
すっと立ち上がる桐の花を描いた「一つ登り桐」など、<br />
大作のタペストリーはその花びらひとつひとつまで美しい別布をパッチワークしたもので、<br />
豪華絢爛なだけでなくどこか幻想的で、激しく懐かしい様な陶酔感に包まれます。<br />
<br />
おそらく、大倉集古館という不思議な空間は、<br />
この方の作品の飛翔感を程よく包み込んで反響させる、<br />
素晴らしく相性の良い場所なのではないでしょうか。<br />
近代的な美術館でも、逆に由緒ある古社寺などでも、<br />
これほどまでには、自由に在り得ない様な気がします。<br />
<br />
<br />
会場の様子は、<br />
服部早苗さんのホームページ<a href="http://www.sanae-quilt.com/" target="_blank">http://www.sanae-quilt.com/</a>の、<br />
最新ニュースの<a href="http://www.sanae-quilt.com/exhibition22.html" target="_blank">「※レポートはこちらでご覧になれます」</a>から見ることができます。<br />
終了間近なこともありますし、訪ねられない方は是非、ここで様子をご覧になってみてください。<br />
<a name="more"></a>]]></description>
      <author>まるさ</author>
          </item>
        <item>
      <title>「平山郁夫と文化財保護」展</title>
      <link>http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/2011-02-07</link>
      <category>未分類</category>
      <pubDate>Mon, 07 Feb 2011 13:26:25 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/2011-02-07</guid>  
      <description><![CDATA[<div style="text-align:right;">東京国立博物館　平成館<BR>
「文化財保護法制定６０周年記念　仏教伝来の道　平山郁夫と文化財保護」<BR>
会期：2011.1.18（火）～3.6（日）<BR>
訪ねた日：2011.1.19<BR>
書いた日：2011.2.7<BR></div>この展覧会のカタログ冒頭には、主催者や薬師寺管主山田法胤氏の挨拶文の間に、<br />
奥様の平山美智子「平山郁夫シルクロード美術館」館長の文章が載っています。<br />
「平山の大きな手」という短いものですが、<br />
常のカタログの鯱張った挨拶文とは趣きのまるで違う、<br />
お二人の出会いやお若い頃の思い出話、お仕事のこと、そしてご臨終の場面を、<br />
生々しさを越えた優しい筆致で書かれたものです。<br />
愛する者の語る温かい平山像であり、その中に氏の苦しみも垣間見せる、<br />
心打たれる文章でした。<br />
<br />
実は平山郁夫という画家の画は、ぽそっと柔らかいクッキーの様な印象が、<br />
あまり好きではありませんでした。<br />
好き嫌いの問題なので仕方ありません。<br />
それから、もう何十年か以前、門下生を名乗る方が、<br />
平山さんの画を大切に飾っている方に対して、<br />
これは自分が描いたものだと吹聴している場面にたまたま出くわしたことがあり、<br />
真偽や是非はともかく、少なくとも弟子に教育が行き届いてないと感じた経験があるので、<br />
それが画の価値にどう関わるものではないとしても、<br />
以後、あまり見てこなかったのは確かです。<br />
<br />
それがこの展覧会で、奥様の文章、カタログ、また展示パネルを読んで、<br />
画業のみならず、文化財保護につぎ込んだ熱意を知って、<br />
遅ればせながら、はじめて敬意と興味を持ちました。<br />
この方は、ひとりの人間のできることの限界と闘ったのであろうと思い至ったのです。<br />
<br />
<br />
展示構成は、２部立て。<br />
第一部が「文化財の保護と継承－仏教伝来の道」という主題で、<br />
シルクロード中心に仏教伝来の道を取材した１５０回にも及ぶという旅の記録になっています。<br />
素描・作品・また平山郁夫シルクロード美術館所蔵の現地の出土品が、<br />
歩む順に地域別に次々展開し、まるでシルクロードを我が足で歩むかのよう。<br />
もともと方向感覚がおそまつなこともあり、<br />
現在地が通常ならばどの部屋あたりかを確認する術もないため、<br />
夢の中を歩いているようでした。<br />
<br />
<br />
第二部は「文化財保護活動の結実－大唐西域壁画」。<br />
平成館をご存知の方なら、二階は正面階段をはさんで左右に大きく部屋が分かれているのをご記憶と思います。<br />
その片側一室すべてを使って、大唐西域壁画関連だけの展示です。<br />
平成三年建立の薬師寺玄奘三蔵院伽藍、その北側にあるという大唐西域壁画殿に、<br />
平成十二年大晦日（２０世紀最後の日です）に入魂開眼・奉納された「大唐西域壁画」は、<br />
当時制作の苦労が話題になったという縦３メートル、横４メートルという特大の和紙を使った、<br />
７場面からなる壮大な壁画です（和紙の正確な数字は縦横約２．７メートル×約３．８メートル）。<br />
それにしても平成館の片側すべてを使っての展示が、どれほど贅沢な空間となるかは、<br />
想像して頂けましょうか。<br />
三蔵法師の辿ったシルクロードの道を、時間の変化とともに描き出した巨大な壁画は、<br />
その地に実際に立ってスケッチをしたこの時代の画家の呼吸とともに、<br />
１４００年前にとぼとぼとこの地を歩み去った法師の足音を聞かせてくれました。<br />
そしてあまり人も多くない時間、ゆっくりと画に包まれていれば、<br />
過去や現在を越えて、まだ見ぬ未来の中にいる様な、不可思議な感覚に陥るのでした。<br />
<br />
<br />
薬師寺の玄奘三蔵院伽藍は、昭和五十九年の起工だそうですが、<br />
あの穏やかに鄙びた西ノ京に、何やら新しい建物が建てられているという、<br />
ただそれだけで、最初から嫌悪の対象でした、すみません。<br />
もちろん完成後も足を運ぼうと思ったことすらなく、<br />
昨年（２０１０）の秋に数年ぶりで薬師寺を訪ねた時も端から除外していました。<br />
今回の展示で強く感じたのは、名にし負うご多忙の中、画も文化財保護もその他のお仕事も、<br />
もっともっと、まだまだ成したかった、<br />
それには時間も金も能力も、人としての寿命も、総て何もかも足りないと嘆きつつ、<br />
そのすべての限界と闘っていたのではないかということでした。<br />
次に西ノ京へ行った折は、玄奘三蔵院伽藍、心して訪ねてみたいと思います。<br />
<br />
<a name="more"></a>]]></description>
      <author>まるさ</author>
          </item>
        <item>
      <title>総合文化展－東博からトーハクへ？</title>
      <link>http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/2011-01-21</link>
      <category>美術館・博物館</category>
      <pubDate>Fri, 21 Jan 2011 17:26:17 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/2011-01-21</guid>  
      <description><![CDATA[<div style="text-align:right;">東京国立博物館　本館<BR>
１「総合文化展」<BR>
２「本館リニューアル記念 特別公開」<BR>
３「新春特別展示　博物館に初もうで　美術のなかのうさぎと国々のお祝い切手」<BR>
会期：１＝2011.1.2（日）～<BR>
　　　２＝2011.1.2（日）～1.16（日）<BR>
　　　３＝2011.1.2（日）～1.30（日）<BR>
訪ねた日：2010.1.12<BR>
書いた日：2010.1.21<BR></div><br />
<br />
東京国立博物館の平常展が「総合文化展」と改称、展示も新しくなったそうなので、早速見に行ってきました。<br />
<br />
「総合文化展」は元の平常展のことです、１月２日に新装開館されました。<br />
<br />
「本館リニューアル記念　特別公開」は、期間限定展示の国宝・重文で、<br />
各展示室の通常の展示の中に、タイトルを赤い台紙にして特に目立つように展示されたものたちです。<br />
（記載のないものは上記の通り1.16まで）<br />
雪舟等楊「秋冬山水図」＜国宝室にて、2.6まで＞<br />
現存最古の完全遺品「元永本古今和歌集」<br />
「熊野懐紙」＜1.23まで＞<br />
狩野永徳最晩年の作といわれる「檜図屏風」<br />
尾形光琳「風神雷神図屏風」<br />
葛飾北斎「冨嶽三十六景」＜2.13まで＞<br />
いずれも普通なら一点で特別展が開催できる名品です。<br />
これらがごく当たり前に「平常展示」の中に並ぶ様は、<br />
いつもここで小さく叫んでいますが、東博の凄さと言えます。<br />
<br />
「新春特別展示　博物館に初もうで　美術のなかのうさぎと国々のお祝い切手」は、<br />
本館２階特別２室に、干支にちなんだ兎や、新春の寿ぎにまつわる文化財を集めて展示したものです。<br />
画、陶磁器や工芸品、染織品、切手など、時代も地域も様々なものが、<br />
お正月というつながりで集められた、見ていて楽しくなる展示です。<br />
<br />
同時に新春イベントの期間内でもあり、<br />
入り口から真生流家元による豪華な生け花が活けられていました（1.16まで）。<br />
<br />
<br />
ケータイのお粗末な画像ですが、写真を撮ってきたので、様子をお伝えします。<br />
<br />
本館入り口前、噴水のところに生け花。<br />
「総合文化」と銘打つのですから、華道の紹介はとても自然だと思います。<br />
装飾にもなりますので一石二鳥、常時展示しても良いくらいに思いましたが、<br />
生け花の管理は費用も人手も大変ですから、無理でしょうね・・・。<br />
<br />
<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9df/musigosiki/110112tohaku01.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_9df/musigosiki/m_110112tohaku01.jpg" width="350" height="210" border="0" align="" alt="110112tohaku01.jpg" onclick="location.href = 'http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_110112tohaku01.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />
<br />
入り口の右側壁面には垂れ幕。<br />
<br />
<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9df/musigosiki/110112tohaku02-422af.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_9df/musigosiki/m_110112tohaku02-422af.jpg" width="210" height="350" border="0" align="" alt="110112tohaku02.jpg" onclick="location.href = 'http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_110112tohaku02-422af.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />
<br />
<br />
本館入って正面階段の両脇と、踊り場のところにも生け花。<br />
この踊り場の生け花は、巨大な箱型の入れ物（ほとんど小部屋）が壁面に埋め込まれた感じで、<br />
その中に活けられているので通行の邪魔にはなりません。<br />
こうなってはじめて、あら、ここの壁まさか壊したはずはないし、元はどうなっていたかと、<br />
記憶がさっぱり抜け落ちていることに愕然。<br />
帰宅して昔のカタログなど見て、黄銅色の扉があったことを思い出しました。<br />
<br />
<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9df/musigosiki/110112tohaku04-fc535.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_9df/musigosiki/m_110112tohaku04-fc535.jpg" width="350" height="210" border="0" align="" alt="110112tohaku04.jpg" onclick="location.href = 'http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_110112tohaku04-fc535.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />
<br />
<br />
二階から見下ろすとこんな具合。<br />
人がいなくなる瞬間を待つのが大変なくらい、結構な人出でした。<br />
開始早々のあまり注目をあびていない特別展、くらいの混雑具合だった気がします。<br />
（おかしな比喩で恐縮ですが想像して頂くにはこれしか思い浮かびませんでした）<br />
「トーハク」と略称し、芸能人を使って「恋」とか「ブンカ」などの惹句を飛ばしたポスターで、<br />
来館者増加を狙った思惑は、今までの閑散とした「平常展」を見慣れていた者からすれば、<br />
大成功なのでは？と思えます。<br />
目標がどのくらいであるのか、狙い通りに若者が増えたのかどうかまでは、<br />
わかりませんが。<br />
<br />
<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9df/musigosiki/110112tohaku03-ed2b0.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_9df/musigosiki/m_110112tohaku03-ed2b0.jpg" width="210" height="350" border="0" align="" alt="110112tohaku03.jpg" onclick="location.href = 'http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_110112tohaku03-ed2b0.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />
<br />
<br />
全体的に展示室に大規模な変更は入ってはいませんでした。<br />
工芸品の一画（正面入って一階右手、彫刻室（仏像室）の奥）だけはかなり変化していて、<br />
彫刻室の隣の小部屋が漆工室になっていました。<br />
ここが、思い切り室内を暗くし、ケースや照明に凝っていて、<br />
瀟洒な雰囲気の中で漆工の細かな部分までよく見えるようになっていて良い感じです。<br />
本阿弥光悦の「舟橋蒔絵硯箱」が中央に美しく置かれていました。<br />
・・・これ、昔から磯部巻きに見えます、よくふくらんで美味しそうです。<br />
<br />
次の金工・刀剣・陶磁器の室は、ケースが順路に従って蛇行する様に並べ替えられていたので、<br />
思わず足を止めてじっくり見入ってしまうものが増えました。<br />
東博は広いので、一部屋に入って左右の壁面と中央に展示品があったりすると、<br />
どのルートを歩くとすべて見ることができるのか確かに少し戸惑いますから、<br />
自然と網羅して歩けるこの配列は、良い変更だと思いました。<br />
野々村仁清の「色絵月梅図茶壺」が印象的です。<br />
<br />
<br />
展示室としての気づいた変化は以上が一番でしたが、<br />
他に、壁面にわかりやすいパネルで技巧や歴史の説明が示されていたり、<br />
キャプション（題箋）が一新されていたのが目をひきました。<br />
特に、国宝・重文の表示が洒落たものになっていたのが印象的です。<br />
（以前は普通に文字で印刷または判子、「国宝」のみ赤字で「重要文化財」は黒字ままだったかと・・・）<br />
大変な労力だったでしょうね・・・収蔵品は１１万点あるそうですから、<br />
展示替えごとに順次作りかえるとしても気が遠くなります。<br />
<br />
<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9df/musigosiki/110112tohaku05-7d4e6.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_9df/musigosiki/m_110112tohaku05-7d4e6.jpg" width="350" height="210" border="0" align="" alt="110112tohaku05.jpg" onclick="location.href = 'http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_110112tohaku05-7d4e6.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />
<br />
<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9df/musigosiki/110112tohaku06-924b9.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_9df/musigosiki/m_110112tohaku06-924b9.jpg" width="350" height="210" border="0" align="" alt="110112tohaku06.jpg" onclick="location.href = 'http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_110112tohaku06-924b9.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />
<br />
<br />
以上、まだ「平常展」という言い方が捨てられませんが、<br />
総合文化展の簡単なご報告と感想です。<br />
お客さん、増えますように＾＾<a name="more"></a>]]></description>
      <author>まるさ</author>
          </item>
        <item>
      <title>白虎－ミステリークエスト</title>
      <link>http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/2010-12-03</link>
      <category>その他</category>
      <pubDate>Fri, 03 Dec 2010 23:16:42 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/2010-12-03</guid>  
      <description><![CDATA[今年、遷都１３００年祭を開催している奈良。<br />
そのイベントの一環で、<br />
<br />
「平城京ミステリークエスト」<br />
<br />
というものがありました。<br />
江戸川乱歩賞受賞作家、石井敏弘氏による書き下ろしの、<br />
『朱都の記憶』<br />
というミステリー小説を入手すると、その犯人を推理するためのヒントが、<br />
なんと小説の中には描かれていなくて、<br />
平城宮跡内の「どこか」に掲示されている、という斬新なものでした。<br />
読者は推理のためには現地を探索しなければならないわけです。<br />
そして自分の推理をハガキに書いて応募すると、<br />
正解者の中から抽選で何名かに、賞品が当たる、と。<br />
<br />
よその地域イベントでもこういうものがあるのかどうか、<br />
私はまったく知りませんが、とても面白いとおもいました。<br />
小説の内容が、古都・・・奈良時代の好きな者にはたまらない物であった、<br />
というのが何よりの理由です。<br />
そのお陰で、見え見えもいいところの「おいでませ」攻撃も、<br />
いっそ清清しい気がしました。<br />
<br />
ただこういうイベントだと、この時代、ネットで得意げにヒントを書き流す人がいるに違いない、<br />
と思っていたのですが、参加なさった方はみなさん良識あるようで、<br />
どうもネットには流れていなかった様子・・・。<br />
というのも、夢紫五色の掲示板で、地元にお住まいの方が、<br />
知り合いだけにご厚意で、ごく個人的にメールで教えて下さっていたのへ、<br />
かなりの見知らぬ方から問い合わせが入ったからです。<br />
みなさん、現地へ探しに行ったけれどどうしても見つからなかった、<br />
再度訪ねるのは不可能なのでネットでサーチしたけれど、どこにも書いてなかった、と、<br />
万策尽きて最後の頼みの綱、という感じでのお問い合わせでした。<br />
（懸念していた、ヒントだけお手軽に頂こう、という方は皆無でした）<br />
<br />
<br />
と、そんなイベントだったわけですが、なんと、Ｔシャツが当たってしまいました、<br />
白虎のＴシャツ！<br />
びっくり！・・・でもとっても嬉しかったです＾＾<br />
<br />
<br />
前<br />
<br />
<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9df/musigosiki/101203mq01.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_9df/musigosiki/m_101203mq01.jpg" width="209" height="350" border="0" align="" alt="101203mq01.jpg" onclick="location.href = 'http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_101203mq01.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />
<br />
<br />
白虎アップ<br />
<br />
<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9df/musigosiki/101203mq02-c77e0.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_9df/musigosiki/m_101203mq02-c77e0.jpg" width="209" height="350" border="0" align="" alt="101203mq02.jpg" onclick="location.href = 'http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_101203mq02-c77e0.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />
<br />
<br />
<br />
後の肩の部分<br />
<br />
<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9df/musigosiki/101203mq03-3fae2.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_9df/musigosiki/m_101203mq03-3fae2.jpg" width="350" height="209" border="0" align="" alt="101203mq03.jpg" onclick="location.href = 'http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_101203mq03-3fae2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />
<br />
<br />
肩のプリントアップ<br />
<br />
<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9df/musigosiki/101203mq04-7dc80.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_9df/musigosiki/m_101203mq04-7dc80.jpg" width="209" height="350" border="0" align="" alt="101203mq04.jpg" onclick="location.href = 'http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_101203mq04-7dc80.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />
<br />
<br />
<br />
メンズのＭサイズなので私には少し大きく、<br />
色も黒地に白のトラですから、しばらく大事にとっておいて、<br />
今小5の子供が大きくなったら着せようと思います。<br />
<br />
<br />
遷都祭の皆様、作者の石井様、とても楽しませて頂いた上に、<br />
賞品まで、ありがとうございます。<br />
また、皆様へ快くヒントを教えて下さった掲示板の方へも、<br />
この場であらためてお礼を申しあげます。<br />
<br />
<a name="more"></a>]]></description>
      <author>まるさ</author>
          </item>
        <item>
      <title>正倉院展</title>
      <link>http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/2010-11-07</link>
      <category>美術館・博物館</category>
      <pubDate>Sun, 07 Nov 2010 15:34:46 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/2010-11-07</guid>  
      <description><![CDATA[<div style="text-align:right;">奈良国立博物館　東・西新館<BR>
「第６２回　正倉院展」<BR>
会期：2010.10.23（土）～11.11（木）<BR>
訪ねた日：2010.11.1<BR>
書いた日：2010.11.7<BR></div><br />
<br />
ここに「正倉院展」と書くだけで、感極まってしまうほど、大好きな展覧会です。<br />
奈良時代の聖武天皇の愛用品を、没後その奥さんであった光明皇后が、東大寺の大仏に献納したものを中心に、数々の貴重な宝物が、正倉という、東大寺の一画の倉に伝世しました。<br />
今では保存のために近代的な設備の整った収蔵庫に移されていますが、１３００年近い長い年月、木造の倉で守り伝えられてきた裏には、どれだけの人の努力と、大切に伝えなければという思いがあったことでしょう。<br />
この宝物が、毎年、秋の文化の日をはさんだ前後約１週間だけ、曝涼（ばくりょう・虫干しのこと）のついでに約７０点ずつ公開されて、今年で６２回になります（今年の会期は２０日間）。<br />
私は昭和６１年から、ほとんど通ってもう２３回訪ねたことになりますが、宝物は９０００点もあるそうなので、単純計算しても全部見るにはあと１００年以上・・・息の長い趣味です。<br />
<br />
さて、平城遷都１３００年祭と光明皇后１２５０年御遠忌の重なった今年、正倉院展出陳の宝物は、予想外に骨太なものでした。<br />
もっとこう、きらびやかな平螺鈿の鏡とか、赤や緑の鮮やかな撥鏤の製品とか、瑠璃の椀たちのように、耳目を集めやすいもの、または鳥毛立女屏風や漆胡瓶の様に教科書的に有名なものが出ているかなと、思っていたのです。<br />
けれど実際は、宝物に如何に様々なものがあるかが通覧でき、写経生や工匠の生活が垣間見られ、また良弁、道鏡他歴史上有名な人の直筆署名も多いなど、奈良時代の空気といいますか、その頃の平城京の様子が自然に身に入ってくるような、とても好ましいものになっていました。<br />
<br />
<br />
中でも白眉はやはり、螺鈿紫檀五絃琵琶（らでんしたんのごげんびわ）。<br />
紫檀材で作られ、ヤコウガイを使った螺鈿細工で飾られた、５弦の琵琶です。<br />
貝裏を使った装飾を木材にはめ込んだ細工は、今でもちょっと高級な家具屋さんの奥や、漆工芸品のお店にはよく置いてありますが、別物、まったくの別物と思ってください。<br />
はじめてこれを見たのは、昭和５６年、東博に来た正倉院展でしたが、一目するなりそのこれでもかという煌く美しさに魅了されてしまいました。<br />
「目も綾な」という表現そのままに、どこを見ても眩しく輝いています。<br />
金銀や宝石を使った装飾品も、高級になればなるほど輝きは素晴らしいものになりますが、あれは光を外へ反射するもの。<br />
対してこの五弦琵琶の、ヤコウガイと玳瑁を使った螺鈿細工は、無限の諧調に変化する七色の光を、中へ中へと集め、自らを輝かせているもの。<br />
だからその美しさは琵琶いっぱいに満ち満ちて溢れ出さんばかりでありながら、決してその均衡を崩すことなく、日本人の心に刻まれた美意識を永遠にくすぐり続けるのだと思います。<br />
なお、古代の琵琶で五弦のものは、現存世界で唯一です。<br />
奏でる音は会場内で流されていました。<br />
音楽にはうとい私の耳ですが、優しくて深い、揺らぎや潤いのある音、のように思えました。<br />
<br />
<br />
<br />
繡線鞋（ぬいのせんがい）、難しい名前ですが、女性用の布のくつです。<br />
同様のものが２点出ていました。<br />
いずれもあでやかな花鳥文錦が貼られ、つま先には花形の飾りのついた、可愛らしいもの。<br />
一緒に連れていった小学校５年生の息子が、見るなり「歩きにくそう」と言いましたが、たしかに、ぺたんこで、携帯用スリッパの様に浅くて、すり足ででもない限り、すぐ脱げてしまいそうです。<br />
つまり、これを履いていた女性は、駆け回ったりすることなく静かに立っていたのでしょうね。<br />
光明皇后自身だった可能性も考慮され得るようですが、いずれにせよ高貴な女性のはず。<br />
この靴に優しく守られて、白い足でそっと立っていただろうその身が朽ちて１３００年、ただ靴だけが大切に遺るのを見れば、繰り返し書いていますが、生の切なさを感じないではいられません。<br />
ちなみに、靴のヘリには、巾着袋の口の様に紐が回し通してあります。<br />
これをしぼって大きさをあわせたのかなとか、あるいは脱げないように靴下などに止める仕組みだっのたかなとか、解説書には何も書いてありませんが、想像するのは楽しいことです。<br />
<br />
<br />
鳥獣花背八角鏡（ちょうじゅうかはいのはっかくきょう）。<br />
見るなり、でかい！と驚いてしまいました。<br />
直径６５センチに近い、宝庫中最大の鏡だそうです。<br />
黒味を帯びた重厚な佇まいとおさえた装飾は、宝物の中でも異彩を放っていました。<br />
<br />
<br />
浅縹布（あさはなだのぬの）<br />
調布として上総国から届けられた反物を浅い青で染めたのへ、悠々たるむら雲が白で渦巻くように描かれたもの。<br />
長さ１３メートルほどある反物の、中央９メートルにわたっての描写だそうです。<br />
展示はもちろん絵のある一部のみでしたが、縹色の美しさといい、自由でいながら不思議な均整のとれた雲といい、心に残ります。<br />
両端には紐を通した穴が残っているそうなので、建物の長押などに長く吊るして荘厳したのかもしれません。<br />
<br />
<br />
曝布彩絵半臂（ばくふさいえのはんぴ）<br />
半臂は半そでの上着のことで、これは曝布という晒した麻布の前後の身頃に、花鳥文や獅子などの色絵を施した、宝物中でも珍しいもの。<br />
袖、襟、衽に錦を、腰紐には染めた綾を使い、彩絵も当時は金まで使った極彩色だったそうで、手の込んだ意匠から当時の華やかさがしのばれます。<br />
用途不明ながら華やかさから舞楽の装束と考えられるそうですが、威勢の良い貴公子が最先端のお洒落を見せびらかして歩いていたのかも、などと考えるのも楽しいです。<br />
<br />
<br />
銀壷（ぎんこ）<br />
これは先日ひとつ前のエントリー「東大寺大仏－天平の至宝（その２）」で、「息のつまるほど手の込んだ毛彫り細工の素晴らしい銀壷」と書いたものと対をなすもの。<br />
正倉院展のものが甲で、東博に来ているのが乙、年記から称徳天皇が東大寺に行幸した際献納したものと推測されています。<br />
一番太い部分で直径６０センチを越す大きな壷ですが、全面に魚々子（ななこ）といって微細な点てんを敷き詰めるように打ち出した中に、狩猟騎馬人物と動植物等を線彫りで描き出してあります。<br />
躍動感ある狩猟文も素晴らしいですが、この魚々子が微妙な波動で広がって、見ていて非常に心地良いのです。<br />
実は、この壷、二つあったとは知りませんでした・・・並んで展示されていたことなどなかったような・・・と思い、手元にあった「正倉院展六十回のあゆみ」というカタログをくってみましたら、甲のほうは平成４年に見ていて、その前も昭和の頃に出陳されていますが、乙のほうに出陳の記録が見当たりませんでした。<br />
もしかしたら、東博が初お披露目なのでしょうか・・・正倉院宝物は他でも時々出ていますので断言は出来ませんけれど。<br />
実はカタログの甲の図版に訂正が入っていて、逆版でもあったのかしらと見たら、東博に来ている乙のほうの写真になっていました（カタログで比較）。<br />
気づいた時の関係者さんたちの焦りは如何だったかと、お察しします。<br />
<br />
<br />
色麻紙（いろまし）<br />
絵紙（えがみ）<br />
吹絵紙（ふきえがみ）<br />
どれも、未使用の、紙です。<br />
<br />
色麻紙は、五色の紙を５枚ずつ４セット、計１００枚を束にして軸木に巻きつけたもの、が基本です。<br />
お徳用折り紙の束をはしから丸めた時のように、巻き終わりは色が斜めに綺麗に広がります。<br />
これが１０００年以上前の紙かしら！と思うほど、保存が良く、手が切れそうに鋭いままで、非常に綺麗です。<br />
むしろ、１０００年以上前のものだからこそ、美しく遺っているのですね、ご存知のように、現在の紙は１００年もすればボロボロに変色・劣化してしまいますから。<br />
<br />
絵紙は、厚手の紙に装飾としての模様を描き込んだもの。<br />
一見すると吹流しのように褐色のただくるくるした無作為の模様に覆われているだけのように見えますが、これは流れる雲の様子と、その雲が時に麒麟や鳳凰に変化して行く様子を描いたもの。<br />
雲間にさりげなく飛ぶ鳥の姿もあります。<br />
本来、写経なり手紙なり、何かの用途のための紙で、絵はその下地装飾として描かれたにすぎないのでしょうけれど、結局、何に使われることなく今に伝わりました。<br />
ほぼ同様の紙は７７枚伝存しているそうです。<br />
一人の人が描いたものか、時期はどれくらいかけたものか、そういうことは何もわかりませんが、使われただろう分は消滅し、使われなかったものだけが遺って、この人の手の跡を伝えているというのも、思えば切ないことです。<br />
<br />
吹絵紙も、加飾された未使用の紙、出陳は三種類。<br />
切り抜いた型紙を置いた上から染料を吹きつける、いわゆるステンシル技法で装飾されています。<br />
山岳文や鳥、蝶、鹿の小さな模様が、柔らかい吹き絵でほぼ左右対称に描かれているのですが、これが可愛いのです。<br />
帰宅してから解説文を読んで気づきましたが、１人の人物が頭に乗せた棒の上でもう一人が逆立ちしているという、軽業師の図様もありました。<br />
紙にこんな装飾をしようと思った当時の人は、仕事を楽しんでいたのでしょうか。<br />
それとも、何か重々しいご下命を受けて決められた模様を使わせられ、失敗は許されぬ重圧の中での作業、という感じだったのでしょうか。<br />
可愛らしい図様と吹き絵の柔らかさを見ていると、今度はこんなの作ってみたよ！などと楽しそうにお喋りしながら作業している明るい姿が思い浮かんでしまうのですが、さて、どうだったのでしょうね・・・。<br />
<br />
<br />
他に、文書類で、種々薬帳に、仲麻呂、永手、福信、角足、戸主の署名が並び、良弁や道鏡の署名のある牒（諸司に提出する公式文書の一種）を見れば、一生懸命生きて、やがて運命とともに滅んでいったこの人たちが、たしかに存在した実感に、胸が熱くなるのです。<br />
<br />
<br />
どの展覧会も、書き出せば無意味に長くなってしまうのですが、正倉院展は特に、あらぬ想像まで膨らむため、このまま書き続けては止まらなくなるので、特に興味をひかれた・・・というよりは、是非とも見て頂きたい、と言ったほうが良い数点でやめておきます。<br />
<br />
<br />
<a name="more"></a>]]></description>
      <author>まるさ</author>
          </item>
        <item>
      <title>東大寺大仏－天平の至宝（その２）</title>
      <link>http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/2010-11-04</link>
      <category>美術館・博物館</category>
      <pubDate>Thu, 04 Nov 2010 16:37:46 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/2010-11-04</guid>  
      <description><![CDATA[先日訪ねた東博の東大寺展、展示替えで正倉院宝物が来ているので、<br />
再度行ってきました。<br />
展覧会全体のことは、前回のエントリーを見てくださいね。<br />
<br />
さて、展示番号にしてわずか１４点の入れ替えですが、<br />
来歴ともども、しみじみと心に迫ってくる品々です。<br />
<br />
<br />
まず、大仏開眼会に実際使われた、筆と墨、<br />
そしてその筆に長く結ばれて、参列する多くの人々の手に握られたという、<br />
縹色（はなだいろ）の縷（る）。<br />
天平勝宝４年（７５２）４月９日、実際に菩提僊那（ぼだいせんな）という渡来僧が、<br />
この筆に墨をつけて、大仏に眼を描き入れたと考えられているものです。<br />
<br />
縹縷は、薄い青色の絹製の紐ですが、むしろ縄に近く思えます。<br />
今はぐるぐる巻きに束ねられていますが、のばすと２００メートル近いそう。<br />
聖武天皇、光明皇后以下、どんな人々が、どんな思いで、<br />
この紐に結縁し、菩提僊那の描く瞳に見入り、無事の開眼にほっとしたことか。<br />
そしてこの、きっと百戦錬磨だったでしょう渡来僧も、<br />
さすがに小さいとはいえひとつの国家の百官が集い、見守る中、<br />
巨大な大仏の目玉を描き入れるというのは、毛のもさもさに生えた心臓だったとしても、<br />
震えるものがなかったとは思えません。<br />
<br />
そんな躍動する時代に生きた人々の記憶をたしかに留めたまま、<br />
今静かに、枯れ果てた風情で筆と墨と紐だけが、テンと置かれて目の前にある。<br />
泣かずに見ることなどできません。<br />
<br />
筆と墨はまた、文治元年（１１８５）、つまり年表でいう鎌倉時代の始まる直前の、<br />
再興大仏の開眼会でも使用されたそうです。<br />
知識としての興味もさることながら、<br />
受け継がれてきた思いの強さに、またしても涙なのです。<br />
<br />
<br />
次にあるのは、聖武天皇遺愛の品として有名な、<br />
﨟纈屏風（ろうけちのびょうぶ）　鸚烏武・象木（おうむ・ぞうき）<br />
蝋を利用して布に模様を染め出したもので、<br />
屏風といっても、今は手ぬぐいみたいに一枚ずつ、残っています。<br />
１枚が鸚鵡、１枚が象を主題とした風景となっていますが、<br />
昨今、鸚鵡ではなく別の鳥との調査結果が出たようです。<br />
いずれにせよ、樹上におサルがいたり、騎馬の狩猟民がいたりと、<br />
現在ですら、異国情緒を濃厚に感じる図象。<br />
海外に行けるわけでなし、動物園があるでなし、<br />
テレビもネットも想像すらできなかった生活で、<br />
この、今は褐色に見えるただの布が、どれだけ人の心を慰めたかと、<br />
遠く思いを馳せれば不思議な懐かしさをすら感じるのです。<br />
<br />
<br />
それから、２種類の薬草と、それぞれの薬草を入れてあった保存袋、<br />
そしてその薬草を使うための許可証のようなものと砂金の使用許可証、<br />
桂心、桂心袋、人参、人参袋、沙金桂心請文。<br />
<br />
桂心はケイヒのこと、人参は朝鮮人参のこと、現在でも漢方などでよく聞きます。<br />
品物は要するに、感想した根っこと木切れ。<br />
それで、以前なら、薬、へー。・・・でお終いだったのですが、<br />
この春、奈良博の西山厚先生の講演を拝聴し、<br />
これらの薬草が、聖武天皇亡きあと、つまり、<br />
これを使って治してあげたかった夫を亡くした後、<br />
光明皇后が、人々のために使ってほしいと、大仏に献納したものだと知って以来、<br />
ただの根っこと木切れには見えない、何か愛情のこもった品物に見えてきました。<br />
<br />
しかも桂心請文は、実際、施薬院からの、桂心を使い尽くして購入先でも在庫切れなので、<br />
是非分けて欲しい、という内容の請文です（正確な文言は別です、私の意訳）。<br />
これに対して、でかい文字で「宜」、つまり、よろしい、という、<br />
許可の一字が書かれているのですが、この字が、<br />
光明皇后か、その娘孝謙天皇か、次の淳仁天皇のいずれかだろうということです。<br />
見れば見るほど、知れば知るほど、心にしみてきます。<br />
<br />
<br />
それから、息のつまるほど手の込んだ毛彫り細工の素晴らしい銀壷、<br />
斑模様の入ったサイの角でできた、花びらの様にあでやかで大きな、組み立て式の如意、<br />
大仏開眼供養時の荘厳に使われたと思われる、金銅製の、雲と鳳凰の形の飾り板。<br />
いずれも、現在普通には目にしない大きさ、装飾、品物なので、<br />
はじめて見る人には不思議な迫力をもつのではないでしょうか。<br />
できればもっと間近で、もっとじっくり、見て見たいのですが詮無い夢です。<br />
<br />
<br />
最後に、麻布菩薩（まふぼさつ）。<br />
今の正式名称は、明治時代につけられた墨画仏像（すみえのぶつぞう）というそうですが、<br />
まふぼさつ、というなめらかな発音が気にいっています。<br />
２枚の白い麻布を正方形に縫い合わせ、大風呂敷くらいの大きさにし、<br />
そこに墨だけでサラサラと、雲に座り天衣をひるがえして飛来する菩薩像を描いたもの。<br />
<br />
何に使われたのかわからないそうですが、<br />
墨継ぎにも頓着しないおおらかな描線、<br />
実は描き間違えたと思う程の描写の狂いがあるのに見事な安定感は、<br />
完成を目標とした作品ではなくて、職人さんが手遊びに試した落書きなのかもしれないと、<br />
いつも私は思います。<br />
<br />
春ならば、優しい桜の風、<br />
夏ならば蝉の声と水しぶき、<br />
秋ならば深閑と降り積もる紅葉のしめやかさ、<br />
冬ならば雪の止んだ朝の輝く陽光。<br />
<br />
墨の仏画なのにそんな風景を感じさせてくれるのは、<br />
日本人の心の中に畳まれた共通の何か懐かしい風情を、<br />
この絵がもっているからなのかもしれません。<br />
<br />
<br />
とても勝手に、そしてとてもざっと感想を書きました。<br />
正倉院宝物が展示されているのは期間中でも１１／２１までですので、<br />
いらっしゃる方はどうぞお早めに。<br />
<br />
<br />
そして、いつも書いていますが、平成館から本館への通路の右側展示室で、<br />
今は「東京国立博物館所蔵　正倉院の染物」をやっています。<br />
明治初期に正倉院から、研究・保存のために各地の博物館、<br />
特に帝室博物館であった東博に頒布された染織品がかなりの数あるそうで、<br />
その一部が展示されています。<br />
何故かいつも見ている方がほとんどない小部屋なのですが、<br />
今回も、価値としては目が飛び出るほどすごい展示ですので、<br />
ぜひぜひ立ち寄ってください。<a name="more"></a>]]></description>
      <author>まるさ</author>
          </item>
        <item>
      <title>東大寺大仏－天平の至宝</title>
      <link>http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/2010-10-20-1</link>
      <category>美術館・博物館</category>
      <pubDate>Wed, 20 Oct 2010 14:35:02 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/2010-10-20-1</guid>  
      <description><![CDATA[<div style="text-align:right;">東京国立博物館　平成館<BR>
「特別展　光明皇后１２５０年御遠忌記念　東大寺大仏　天平の至宝」<BR>
会期：2010.10.8（金）～12.12（日）<BR>
訪ねた日：2010.10.15<BR>
書いた日：2010.10.20<BR>

★11.2（火）～11.21（日）まで、十数点が正倉院宝物と展示差し替えになります（その後はまた元の展示）<BR></div><br />
「東大寺大仏」とあれば展示品に何が来ていようといまいと、<br />
行くに決まっています。<br />
それで、まったく調べもせずにのこのこ出向いたのですが、<br />
道中、はて・・・いったい何が来ているのかしらん・・・とちょっと疑問でした。<br />
<br />
行ってびっくり！<br />
メインとなる展示のひとつに、<br />
<br />
八角燈籠<br />
<br />
が来ているではありませんか。<br />
東大寺大仏殿前に佇む、あの、音声菩薩の透かし彫りが美しい大きな燈籠です。<br />
遷都１３００年祭で奈良を訪ねる方の多い時に、持って来ちゃっていいんですかー！<br />
という悲鳴が、少し前に三井記念美術館で開催された「奈良の古寺と仏像」展の時と同じように、<br />
私の頭の中で谺しました。<br />
今、大仏殿前にはレプリカが立っているのでしょうか、<br />
それとも、すっからかんと何も置かれていないのでしょうか。<br />
<br />
でも、いつもおおらかな陽の下、５メートル近い高さのある燈籠は、<br />
その繊細な影の部分までは良く見えなかったものですが、<br />
ここでは素晴らしくはっきりと見ることができたので、<br />
素直に感謝致します。<br />
<br />
特に、音声菩薩の透かし彫りのあるもののうち、東南の一枚、<br />
昭和３７年の盗難後、翌日見つかった時には周囲が破損してしまっていたため、<br />
以来別途保管されてきたものが、今回一緒に展示されていたのが嬉しかったです。<br />
目の高さでの展示でしたので、じっくりと見れば、<br />
穏やかなお顔、波打って翻る天衣、優雅に体に絡みつく衣・・・<br />
何もかも愛しくなります。<br />
横から見れば本当にわずかな厚みしかない銅版に、<br />
よくぞこれ程の馥郁たる絢爛さを与えられたものです。<br />
<br />
<br />
<br />
さて、前後しますが会場のこと。<br />
入ってすぐの部屋は出土品の陳列。<br />
東大寺やその前身寺院から発掘された、瓦が並びます。<br />
直前に訪ねた埼玉県立歴史と民俗の博物館でたくさん見てきた、<br />
関東の初期寺院出土の古瓦の記憶と比較して、<br />
一見して細工の繊細さが格段に上だと感じられます、こんなに違うのか、と思うほど。<br />
中央と地方の差、もあると思いますが、これは時代の差でしょうか。<br />
関東の初期寺院は飛鳥時代のものが多かったですから。<br />
<br />
<br />
古代の軒丸瓦には蓮弁（蓮の花）模様が使われることが一般ですが、<br />
時代が下るにつれ、花びらが１枚ずつのシンプルなものから、<br />
二重になったり二重の中が更に２つにわかれていたりと、複雑になっていくそうです。<br />
これも調べると楽しそうなのですが私は詳しくなくて・・・<br />
それでも、見れば一目瞭然の差がありました。<br />
<br />
余談ですが、古瓦は出土品ゆえに破損・汚損があって、<br />
そのままではなかなか興味のひかれるものではありませんが、<br />
拓本にとると、素晴らしく味が出ると思います。<br />
<br />
<br />
<br />
さてその部屋を出ると「西大門勅額」が単品で出迎えてくれます。<br />
ここからが現東大寺ですよという演出でしょうか。<br />
縦３メートル近い木製の額に「金光明四天王護国之寺」と大きく刻まれた、<br />
その文字は聖武天皇の筆と伝えられています。<br />
過去何度も勿論見ているはずなのですが、<br />
その丁寧で優しい文字にこれほど感じ入ったのは、今回がはじめてです。<br />
<br />
<br />
このあたりから、去年の阿修羅展のように、会場全体に細工が施されてきます。<br />
朱や丹というよりもっと目に鮮やかな赤と緑で柱や欄干が作られ、<br />
天上からは五色の垂幡がいくつか下がっています。<br />
展示品まわりは、こくと温かみのある独特の黒で印象的に強調されています。<br />
垂幡などは特に、部屋に入るときに気づかなければ、<br />
あとは見上げない限り目に入らないかもしれませんし、<br />
今時こういう演出は珍しいものでもなく、みなさん気にせず展示品だけを見ていたようですが、<br />
きっと、気づかないうちに、この演出が、古代の、聖武天皇・光明皇后の時代の、<br />
何かの魂を呼び出してくれているのではないかしらと・・・<br />
様々考えてご苦労なさっただろう主催の方々のお気持ちを思いながら、<br />
しばし、その赤い色の中で立ち止まってくるくると周囲を見渡しておりました。<br />
<br />
<br />
しかし、そんな演出とＬＥＤライトの素晴らしさ故か、<br />
居並ぶ伎楽面の数々が、テラテラと妖しい艶を出して妙に怖かったのは、<br />
ちょっと自分でも予想外でした（笑）。<br />
<br />
<br />
この部屋に、試みの大仏と呼ばれる小さな「伝弥勒仏坐像」<br />
水盤に立った大きめの誕生仏として有名な「誕生釈迦仏立像及び灌仏盤」<br />
鎮壇具などがあるのですが、壁面に埋め込まれたモニターで、<br />
展示物の細部の映像を静かに流しているので、<br />
その概要と、見るべき細部が自然とわかり、助かります。<br />
灌仏盤の周囲の細かい線刻や、鎮壇具の小壷に施された息を呑むほど濃密な装飾などは、<br />
たんぽぽの綿毛のように柔らかなライトやガラスケース越しにはそのままではしかと判別できず、<br />
モニターで明解に見てから実物を見てやっと、ほのかに我が目に像を結ぶのです。<br />
ＬＥＤ照明などともに、近年の展示で有難いことのひとつです。<br />
<br />
<br />
続いて良弁僧正像と、僧形八幡神坐像にはさまれて、<br />
最初に書いた八角燈籠は、この部屋にありました。<br />
<br />
<br />
コーナーの最後には、経典がいくつか。<br />
書も経もわからないので、普段ならさっと見てお終いですが、<br />
五月一日経と呼ばれる、光明皇后御願経の一部と、<br />
大聖武と呼ばれる、聖武天皇宸筆とされる経典が出ていたので、<br />
心ひかれてゆっくり見てきました。<br />
<br />
五月一日経とは、光明皇后が亡父母（藤原不比等、県犬養三千代）の追善供養と、<br />
夫聖武天皇の御世の安泰と、<br />
【自らは迷い苦しむ衆生の救済と法灯の無窮を誓って発願書写せしめた】<br />
ものです（【　】内は文化庁の文化遺産オンラインより抜粋）<br />
願文の末尾に「天平十二年五月一日記」とあるのでこう呼ばれ、<br />
１５年前後かけて７０００巻ほど写経されたそうです。<br />
現存するのは１０００巻ほど。<br />
光明皇后の想いを偲ぶ縁となる逸品です。<br />
実際写経したのは写経所の写経生ですが、<br />
書いた人の名前がわかっているものがあったり、<br />
朱点や張り紙で訂正が入っているものがあったりと、<br />
ちゃんと、その時代に生きていた人の呼気が、目に耳に感じられる気がするのです。<br />
<br />
大聖武は「賢愚経」という、どうやら賢い人と愚かな人の寓話をまとめたものだそうです。<br />
（なんだか耳が痛いです・・・）<br />
この時代の写経には珍しい雄渾な筆跡のため、古くから聖武天皇宸筆とされていますが、<br />
実際は唐人または渡来系写経生の筆だそうです。<br />
波に乗ったような粘りのある豊かな筆致はたしかに宸筆であったらいいなと思わせます。<br />
<br />
ところで、平成館から本館への通路の途中に、<br />
いつも予想外に素晴らしい企画展をしていて嬉しい小部屋がありますが、<br />
今回ここでは朝鮮・中国と日本の料紙、というタイトルでしたか、料紙の展示が出ていました。<br />
ここに、東博所蔵の「大聖武」がこっそり並んでいました。<br />
その中の「日」という文字に、<br />
「墨でなぞって肉太な独特の書体に整えようとした痕跡」<br />
があると言って引き伸ばした写真も展示されていまして、<br />
見ればたしかに、私たちが習字で咎められる「なぞり書き」がされています。<br />
こんなお茶目なことは、プロの写経生でなく、<br />
そういう意味では自由の利く天皇の仕業のほうが自然では？<br />
と考えた人が、私のほかにも大昔にいたのかなと思って、<br />
見知らぬ遠い誰かさんに微笑んでご挨拶のひとつもしたくなりました。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
さて、その次、後半の最初の部屋が、驚きました。<br />
「大仏の世界」というタイトルで、バーチャル・リアリティ映像の上映会場になっていたのです。<br />
普通、映像コーナーは順路から離れていたり、会場を出てからだったりと、<br />
見たい人だけ見る感じですが、ここでは順路に組み込まれていて、<br />
物理的には素通りも勿論可能ですが、見ないで進むわけにはいかない気持ちにさせます。<br />
たしか上映時間１２分と書いてあった気がしますが、会期後半混雑してきたら大丈夫かなと、<br />
ちょっとそんなことを思いながら椅子に腰掛けました。<br />
<br />
この映像が、大仏創建当時のものが残る蓮台の花弁に遺された、<br />
あの三千大千世界の線刻の解説を中心に、<br />
バーチャル・リアリティを使ってあらゆる角度から大仏を眺めわたし、<br />
創建当初の大仏殿の予想図を眼前に提示する、というものだったのですが、<br />
最初、宇宙の映像が、前のスクリーンをはみ出して天上いっぱいにまで流れたところから、<br />
なんだか感極まってしまった私。<br />
聖武天皇、光明皇后の目指したもの、大仏が体現するもののナレーションとともに、<br />
小さな線刻の部分、ひとつひとつが、天上から降るように積もって、<br />
やがて三千大千世界に集積していく演出に、すっかり涙ポロポロ・・・。<br />
部屋が暗いのを幸い、涙の粒もそのままで最後まで見入っていましたが、<br />
終了とともにぱっと明るくなったので当惑しました（笑）。<br />
大仏のバーチャルリアリティー映像見て滂沱と涙する人も少ない気が致します・・・。<br />
<br />
<br />
<br />
後半の部屋で印象的なのは、<br />
<br />
「二月堂本尊光背」<br />
絶対秘仏の二月堂本尊、十一面観音立像のもので、身光部のみです。<br />
（頭光部もあるそうですが、来ていませんでした）<br />
破片を台板に貼り付けた、原型も危ぶまれる破損度ですが、<br />
細部まで非常に繊細でかつ安定した線刻は、形がどれほど壊れても、<br />
変わらず古代の高い精神の香気を伝えて怖じることがありません。<br />
<br />
<br />
「不空羂索観音菩薩立像光背」<br />
三月堂本尊、不空羂索観音立像のものです。<br />
これはよほど独特の形状なのでしょうか、何の予備知識もなかったのに、<br />
この部屋に入って、目のはしに写った途端に、<br />
あああ、不空羂索観音だ！と、声をあげそうでした。<br />
無意識のうちに刷り込まれた形の力なのかもしれません。<br />
御身の抜け出した光背だけなのに、自然と手をあわせたくなるものがありました。<br />
<br />
<br />
それから聖武天皇念持仏という、小金銅仏「菩薩半跏像」<br />
夏に三井記念美術館に来ていましたから、そのまま都内においでだったのでしょうか、<br />
それとも一旦お寺へ戻られたのか。<br />
小さな像が続けて二度も私の眼前に現れてくれて・・・<br />
ガラスケースさえなければ、そっと両手で包んで、<br />
古の人の心に触れてみたい気持ちでした。<br />
<br />
<br />
最後の部屋は東大寺の再興に関する展示で、<br />
平安から鎌倉に時代が変わる頃復興に奔走した「重源上人坐像」<br />
江戸時代に尽力した「公慶上人坐像」<br />
重源と関係の深かったという快慶作の阿弥陀、地蔵の２像などがありましたが、<br />
最後の最後、出口の右側にテンと座っている像を見て、<br />
口があんぐり開いてしまいました。<br />
<br />
「五劫思惟阿弥陀如来坐像」（奈良・五劫院）<br />
<br />
間違いありません、巨大アフロに下ぶくれのお顔、<br />
三角おにぎりのおきあがりこぼしの様な体にはぶ厚く衣がまとっていて、<br />
たしかに、御手が隠れています。<br />
今年、遷都１３００年祭の特別開扉もあったにも関わらず、<br />
日程的にどうしても奈良に行くことができず、<br />
断腸の思いで見ることを断念していた、あの、五劫院の阿弥陀像です。<br />
同時代のもう一体、東大寺の、御手を合掌した五劫思惟阿弥陀像は、<br />
過去何度か機会があって見ていて、夏の三井記念美術館でも再会していたのに、<br />
よく似ているというこちらの像には一度も会えないでいた、<br />
その憧れの像が、目の前に・・・。<br />
<br />
嬉しくて何ものかに感謝すると同時に、<br />
こんなに簡単に夢が叶っていいのかしらと、罰でも当たりそうで当惑しました。<br />
<br />
<br />
<br />
今回、展示品は５０点ちょっとでしたので、<br />
ゆっくり見てもさして疲れない、私にはちょうど良い感じでした。<br />
「東大寺大仏」というタイトルなのに、直接大仏に関するものは、<br />
バーチャルリアリティーの映像だけ・・・と言う方もいらっしゃるかもしれません。<br />
（会場を出た飲食コーナーに、大仏の手の実物大模型が置いてありましたが・・・）<br />
<br />
でも、奈良の大仏って、物体としての仏像だけでなく、<br />
遠い昔に発願した聖武天皇・光明皇后が願ったこと、<br />
制作に携わった人々や、<br />
その後もでっかいなー！と驚きながら大切にしてきた民草の思い、<br />
この像の下で修行してきた人たちの誓い、<br />
それから物見遊山ででかけたたくさんの普通の人々の気持ち、<br />
そういうものを全て受け止めて包みこんで、そこにある、<br />
そういうことこそ「奈良の大仏」なのではないかなあと思います。<br />
ならば総ての展示品は「大仏」であって良いのだなと、<br />
ちょっと意味不明ですがそんなことを思いながら会場を出ました。<br />
<br />
<br />
<a name="more"></a>]]></description>
      <author>まるさ</author>
          </item>
        <item>
      <title>埼玉の古代寺院</title>
      <link>http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/2010-10-14</link>
      <category>美術館・博物館</category>
      <pubDate>Thu, 14 Oct 2010 12:19:30 +0900</pubDate>
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      <description><![CDATA[<div style="text-align:right;">埼玉県立歴史と民俗の博物館<BR>
「仏教伝来　埼玉の古代寺院」<BR>
会期：2010.10.9（土）～11.14（日）<BR>
訪ねた日：2010.10.13<BR>
書いた日：2010.10.14<BR></div><br />
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昨日の朝、新聞を眺めていたら、ふと目に止まりました、<br />
深大寺の銅造釈迦如来倚像の写真。<br />
お？と記事を読んでびっくり！<br />
地元の博物館におでまし中ではありませんか。<br />
ちっとも知りませんでした！<br />
私が行かないで誰が行く！！！というくらいの意気込みで、<br />
早速身支度をして出かけてきました。<br />
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ＪＲ大宮駅から東武野田線各停で２駅、大宮公園駅で降り、<br />
住宅街を５分ほど歩くと大宮公園内のこの博物館につきます。<br />
が、博物館手前の道に信号機がなく、<br />
すぐ近くの踏み切りを渡って行き来する車が途切れないため、<br />
渡るのに妙な苦労・・・道がこんなに渡れなかったのって、<br />
信号などの完備した最近ではとんとなかったことで、なんだか新鮮でした（笑）。<br />
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さて、その横断待ちの間に撮った博物館の写真が、これ。<br />
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<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9df/musigosiki/101013rekihaku01.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_9df/musigosiki/m_101013rekihaku01.jpg" width="350" height="209" border="0" align="" alt="101013rekihaku01.jpg" onclick="location.href = 'http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_101013rekihaku01.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />
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特別展の横断幕がかかっています。<br />
最近都内の綺麗なところに行ってばかりだったし、<br />
同じ公立でも、千葉も、以前行った平塚もとっても綺麗だったので、ちょっと不安。<br />
でも、これは裏側でした。<br />
正面はこんな感じ。<br />
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<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9df/musigosiki/101013rekihaku03-44a0d.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_9df/musigosiki/m_101013rekihaku03-44a0d.jpg" width="350" height="209" border="0" align="" alt="101013rekihaku03.jpg" onclick="location.href = 'http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_101013rekihaku03-44a0d.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />
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・・・うーん・・・ぱっとしません？（笑）。<br />
でも、前庭には弥生式（手前）と縄文式（奥）の住居が復原されていて、<br />
公園内の森深い感じが素敵。<br />
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<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9df/musigosiki/101013rekihaku02-5b6af.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_9df/musigosiki/m_101013rekihaku02-5b6af.jpg" width="350" height="209" border="0" align="" alt="101013rekihaku02.jpg" onclick="location.href = 'http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_101013rekihaku02-5b6af.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />
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入り口はこんな感じ。<br />
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<a href="http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9df/musigosiki/101013rekihaku04-506ee.jpg" target="_blank"><img src="/_images/blog/_9df/musigosiki/m_101013rekihaku04-506ee.jpg" width="350" height="209" border="0" align="" alt="101013rekihaku04.jpg" onclick="location.href = 'http://musigosiki.blog.so-net.ne.jp/upload/detail/m_101013rekihaku04-506ee.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />
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ちょっと、今改修中の都美の昔の感じに似ています。<br />
中に入っても印象に近いものがありました。<br />
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さて、特別展「埼玉の古代寺院」。<br />
新聞に出てしまったので混んでいるかも・・・とはあまり心配しなかったのですが、<br />
心配するも何も、展示スペースにいるお客さんは、私のほかに初老の男性ひとりきり。<br />
・・・<br />
すいているのはとってもとっても嬉しいのですが、こ、これはいくらなんでも・・・。<br />
各コーナーにいる係の方が、私たちの足音に驚いて飛びのくのがちょっと切なかったです。<br />
お昼近くにはもう少し増えましたが、それでも、一度に１０人くらいでしたでしょうか。<br />
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この博物館、作りも展示も、昔ながら。<br />
流行のＬＥＤライトの美麗な照明や、<br />
「ミュージアム」と呼ぶのが相応しい洒落た展示、一切なし。<br />
ガランと大きなガラスケースに、淡々と展示物が並びます。<br />
もちろん蛍光灯と白熱灯の照明が、わずかに波うつガラスにこれでもかと反射しまくって、<br />
展示物を見ているのか、背後の風景を見ているのか、自分の影なのかわからない状態。<br />
<br />
でも、そこが良い！<br />
そこがとても良いのです。<br />
抜けた天上がとても高く、小細工なしの壁や床は今ではむしろ、<br />
重厚にすら感じます。<br />
独特の匂いのする「博物館」という場所に安逸を感じる方、<br />
綺麗になった「ミュージアム」たちについて行けない方には、<br />
ぜひぜひ、おすすめです。<br />
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そんな妙な感動で見てまわった展示。<br />
埼玉県内のみならず「武蔵国」各地のお寺、寺院址の発掘成果などから、<br />
関東での仏教の広がりを物理的にも実証していくという、<br />
とても内容のあるものでした。<br />
勉強している方には見逃せないものだと思います。<br />
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いきおい展示品は古瓦などの出土品が多く、<br />
もともと深大寺像にひかれて出かけてきた私にはうまくここでご紹介もできないのが残念です。<br />
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その深大寺像、部屋の隅のとりわけ薄暗い角に、<br />
普通は立像を納めるのによさそうな大きな展示ケースを斜めに設置し、<br />
その中に座っていました。<br />
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ケース床面が低いですから、８３センチほどのお姿は完全に私の目の下。<br />
その時のお顔はたいそう飄々としていて、我関せずの様相です。<br />
なんだか、含み笑いで無視されているような、<br />
気づいてはいるのに、こちらを見てはくれないようなもどかしさ。<br />
<br />
２００９年夏の終りに深大寺を訪ねた時は、陽の影でどうしてもよく見えなかったお顔ですが、<br />
他に見る方もいないのを幸い、ケースに張り付いて見ていれば、<br />
鼻梁から眉へ跳ね上がる端正な線も、二重に見える優しい目の線も、<br />
ぽっちりと柔らかな小さな口唇の線も、すっきりとまとまった頭部の鏨の線も、<br />
何もかもがはっきりと、手にとるように良く見えます。<br />
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香薬師像と似ていると聞きますが、写真で見る限りは、<br />
香薬師像よりもっと端正で研ぎ澄まされた印象です。<br />
<br />
（香薬師＝奈良の新薬師寺に安置されていて昭和１８年に盗難にあって以来所在不明の白鳳仏。今年１年レプリカが公開展示されているそうです）<br />
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でも、これでは、私の気持ちがおさまりませんので、<br />
これまた人のいないのを幸い、ガラスケースの前で、ゆっくりと膝をついてしゃがみ、<br />
見上げる様に拝観してみました。<br />
<br />
と！<br />
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すーっと視点が落ちるにつれ、そのお顔は見る見る上へと振り仰がれ、<br />
いずれ私の膝が地につき動きが止まる頃には、<br />
先程上から目線で拝見していた時とは、まったく別の表情が出現しました。<br />
<br />
何でしょうかこの、高邁な華やぎは。<br />
香りたつ気高さに陽の光そのものの様な清清しい明るさは。<br />
<br />
それから長い胴に目をすべらせ、<br />
二指の折れて痛々しい施無畏の右手、<br />
膝にぽとんと落とされた様な与願の左手を次々見ていく頃には、<br />
何とも言われぬものに心触れて、<br />
また私は涙を溢れさせる他ありませんでした。<br />
<br />
<br />
その後も何度も戻っては膝をついてきたので、<br />
係の方をはらはらさせたかもしれませんね、すみません。<br />
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さて、とても有意義だったこと。<br />
関東には、白鳳仏が３体伝存しているそうで、<br />
そのひとつが勿論深大寺像ですが、<br />
もうひとつが、東京、国分寺市の武蔵国分寺址から出土した、<br />
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銅造　観音菩薩立像<br />
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です。<br />
これのレプリカが展示されていました。<br />
像高２８センチほどの、いわゆる小金銅仏。<br />
東博の法隆寺国宝館に並んでいるのと似寄りの作風のものです。<br />
出土品のためかお顔など磨耗が勝っていますが、<br />
小さくても品格のあるのは、他の小金銅仏と同じでした。<br />
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もうひとつが、千葉、印旛郡にある龍角寺にある、<br />
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銅造薬師如来坐像　の頭部<br />
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こちらは写真で掲示されていました。<br />
解説には、興福寺の山田寺仏頭に通じる作風とありましたが、<br />
少し肉厚の顎のあたりは、もっと似た像があった気にさせます。<br />
唐招提寺あたりで見たことがあるような・・・。<br />
<br />
この龍角寺、行ってみたいと調べたら、かなり行き難そうだったので、<br />
写真でだけでも拝観できて、非常に満足しました。<br />
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以上、関東の白鳳仏三点に関することですっかり充実したのですが、<br />
もう一点、素晴らしいものが出ていました。<br />
平家納経、久能寺経と並んで日本三大装飾経に数えられる、<br />
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国宝　慈光寺経<br />
（慈光寺蔵　法華経一品経阿弥陀経般若心経　三十三巻）<br />
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こんな、人もいない展示室で見るものとは思われない、<br />
さんざめく装飾と素直な文字の美しい、素晴らしいものでした。<br />
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深大寺像の余談です。<br />
ここの解説パネルの関東の白鳳仏の説明で、<br />
武蔵国分寺址出土の像が「釈迦如来」と書かれてしまっていたので、<br />
（おそらく写植の方が深大寺像につられてしまったもの）<br />
係の方にちょこっとお知らせしたら、学芸員の方が出てきてくれました。<br />
私よりお若い小柄な女性だったので、勇気を出してちょっとお話を（笑）。<br />
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深大寺では、ご住職が展示の趣旨に賛同してとても快く貸与してくださり、<br />
普段お寺では拝むことのできない、左右や背後も、見えるようにしてほしい、<br />
とおっしゃられたそうです。<br />
<br />
特に、大正時代の旧国宝指定に際して吉田包春に依頼した春日厨子や台座のうち、<br />
台座が、向かって左側からよく見えます。<br />
よくと言っても老眼開始！の私の目はうろうろしてしまいましたが、<br />
木製で、でしゃばることなく繊細に施された漆の装飾の美しいものでした。<br />
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会期中、展示替えもあるそうですが、<br />
深大寺像は通しで展示だそうですので、<br />
ぜひ、見に行ってみてください。<br />
<br />
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なお、去年深大寺を訪ねたときのことは、夢紫五色の掲示板に簡単に書いてあります。<br />
<br />
<a href="http://502.teacup.com/mushigobbs/bbs/585" target="_blank">夢紫五色　掲示板</a><a name="more"></a>]]></description>
      <author>まるさ</author>
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